小十郎は野菜を育てるということが好きなのではなくて、 実は畑を耕しているあの瞬間が好きだから耕している。 常に政宗の世話役兼右腕な存在である小十郎の気苦労は絶えることはなく、 今日も今日とて気晴らしに畑へと向かった。 道すがら、数人の人々と話し合ったり、 収穫した野菜と向こうの畑で採れた茸を交換してもらう。 この瞬間も小十郎は好きだ。 極稀に武田軍(というより真田幸村直属)の忍である佐助とも顔を合わせたりするものだから飽きない。 そういえば先日、日本全国北へ南へ、 「究極の食材探し」に行っていたあの前田夫婦が来たことがある。 目当ては小十郎の野菜らしかった。 別段野菜が大事という訳でもなかったが、 政宗の申し出でまつに自作の野菜を分ければ、ありがとうございまする!と言われた。 いや、別にいりませんし、うちの殿は好き嫌い多いのでどうぞ、 と小十郎は苦笑いしながらねぎや八宝菜などをまつに手渡した。 まつと利家はその顔に満面の笑みを浮かべ、さあ次はマグロだ! と四国の長曽我部に殴りこみに足を向け、奥州を去ったのである。 世界広しと言えど、 あれほどまでの速さで日本中を駆け回る夫婦は絶対にいはしないだろう、と小十郎は苦笑った。 政宗もそれに頷いて今日の夕飯の献立を考えていた。 もちろん、小十郎は政宗に好き嫌いなく野菜を入れるよう忠告したが。 じりじりと首筋を焦がすように昼間の強い陽光が差込み、 畑一杯に植えられている野菜の青葉を透かして見せる。 畑仕事の醍醐味というか、特徴というのは季節を直に生身で感じられることだ、 とまたもやぼんやり小十郎は思った。 春先は麗らかに爽やかな香りを持っている早朝の霧が、 初夏になればむっとするほど湿気を伴った夕暮れの空気に変わり、 秋になれば赤とんぼが畑を飛び交う様子が遠めで見えたと思え、 真冬は何もすることなく散歩にくることだけが仕事になる。 まだ小十郎が政宗に仕える前、まだ子供だった頃は、 どうして面倒な季節があるのか、と夏や冬が来る度に思った。 しかし年を重ね、忠臣として政宗に仕え始めれば、 季節の移ろいやわずかな空気の変化が懐かしく愛おしく思えてくるようになる。 手拭いで少し首を拭い、背筋をぴん、と伸ばして顔を上に上げた。 ふと何者かが自分を呼んだ気が小十郎にはしたからだった。 炎天下の中でゆっくりと視界を確かめれば、 見えるのは落ち着いた色の髪を持った一人の女性がこちらに呼びかけている。 その隣にはぱたぱたと尻尾を振りながら女性と同様に 小十郎に向かって楽しげに声を上げる白い狼―四郎丸。 「小十郎殿、お久しぶりでございまする!」 「あぁ、まつさんか。四郎丸も」 「この間の謝礼を、と思ったので」 少し泥が付いていた腕や手を拭いながら小十郎は前田利家の妻、まつのいるあぜ道に立った。 鬱蒼としている竹林が二人のいる道からすぐ近くに広がり、 風がさっと吹き抜ける度に乾いた音を鳴らしている。 四郎丸は四郎丸で小十郎殿の作っている野菜で作る餌が大好物で、 とまつは微笑みながら茶菓子を小十郎に手渡した。 これはどうも、と小十郎は有名な老舗の茶菓子を受け取り、 二人で世間話に花を咲かせながらあぜ道を館へと進んでいった。 ちなみに、まつを追ってきていた利家も交え、その日の食卓はまつと小十郎の料理が並び、 最高に美味い料理だと政宗と利家は大絶賛していたらしい。

ブラウザバックでお戻り下さい。