ブラウザバックでお戻り下さい。
東北の吹雪というものは、比較的暖かい地方の者にとっては 脅威以外の何者でもないのであって、それは幸村にも当てはまる。 びゅう、びゅうと耳元で吹き荒んでは頬の上を冷たく撫で、 吐き出す息は空中で白い霧に変わり、ともかくも体中が震えた。 こんな場所で― 悪環境を踏みいく戦というのは 味方の兵にも敵方の兵にもあまり良くはない。 だが、それが一揆集となれば別である。 生まれ育ってきたのは雪の下だと豪語して 一国を潰したらしい相手の一揆集の頭はまだ幼い少女だった。 一武家の子供として、それよりも兄と父に愛されて育ってきた幸村にとって 少女を討つことはその真っ直ぐな心に深い影を落とした。 それ故、吹雪が止まない丘の上、 このいつきという無垢な少女を目の前にして 幸村は燃え盛る瞳を伏せて口から息を吐いている。 「いつき殿、某はいつき殿を討ちたくないのでござる! 武田の皆もそう思っている」 「だども、悪いお侍は倒さねえと、また戦が始まっちまうんだ!」 健気な少女は必死にこちらを睨んでおり、 彼女に従う一揆の農民達が二人を取り囲んでいた。 幸村に逃げ道はない。 嗚、なんと非情な世だろう、 幸村はそっといつきを見て嘆きの息を吐いて、そっと目を開けた。 色素の薄い目に月光が沁みて光る。 独眼竜がこの場に居たならば同じことを思い 幸村に肯定の意思を見せて何をすべきか教えてくれる。 だが、今は幸村一人だった。 (…お館様、一度だけこの幸村に無礼講を許してくだされ。 その一度できっといつき殿を討たずに一揆を鎮めましょうぞ) 「いつき、よく聞いてくれ。俺も戦は嫌いだ、だから戦うまで。 政宗殿も同じことを思っておられ、俺もあの人と共に歩みたい」 「あ、ああ…」 「それに、一揆を起こされて困るのは侍だけではないだろう? この先必ずお館様か政宗殿が天下を纏めてみせる。 どうか待っていてくれ。その約束には俺の命を賭けてもいい、 きっと魔王を倒して、いつきも幸せにしてあげるから」 普段話す口調とはまったく違った、あっさりとした本心その物の言の葉で、 幸村はすらすらと妹に語りかけるようにいつきに話した。 燐と茶色の目に燃えていた炎は焚き火程の囁きまでに消え、 凄まじい覇気もない、ただの一人の青年が槍を持ち、そこに立っている。 いつきが戸惑いながら持っているハンマーを見つめ、 それから幸村の顔をじっと見つめた。 幸村は困ったように肩を竦めて佐助を呼んだ。 「なに、旦那、急にそんな真面目な顔しちゃって」 「今回の戦は終わりだ。 お館様に報告しなければいけないし、皆を先に下がらせてくれぬか」 「はいはい了解。…あ、たまには少し給料上げてよ?」 幸村の無意識に人を惹きつけるその真っ直ぐさに、いつきも心を入れ替え、 微笑んで幸村と農民達に詫びる。 一件落着か、よかったよかった!と佐助はとても楽しげに幸村の肩を叩いて いつきにも良かったなあと言った。 そして同時に自分が仕える主の真っ直ぐさと 人を丸め込む才能に対して心の中でひっそりと、けれど盛大な拍手をした。 (旦那が立派な大人になって良かったよ) ―君は将来のビッグスター!