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眩しい朝の光など、そこには射さなかった。 ただ、まどろむ白昼光だけがきらめき、庭園に眠るディグナイアにも降り注ぐ。 庭園の中は淡色な色合いとなっていた。 植物は生きているものの、深い眠りに閉ざされて色を失い、 テラスの鉄枠も白く塗られていた。 テラスの中でマントを鼻まで上げて寝ていたディグナイアは はっとして目を覚まし、自分がいる場所を再確認した。 昨晩寝入った時と同じように、純白の薔薇とチューリップが揺れている。 「時も、夢も、すべてまどろむ…」 彼はある日、世界から「晦冥の剣」を手渡され、選ばれた王だった。 精霊たちに祝福を受けたディグナイアは、早速この城にやってきた。 ディグナイアが向かったのは、御伽噺にしか存在しないといわれ、 長年誰も足を踏み入れたことのない不気味な城である。 けれど今回は訳が違う。死の城に、希望の光が生まれたのだ。 世界はディグナイアにその「光」の救出を要求した。 それを受けてこの城に来たのは、まだ二日前のことである。 神はここを「まどろむ城」と呼び、封印の解かれるのを恐れていた。 名前の通り、ここでは無機物・有機物を問わず、全てが眠っている。 その城は深い永久の眠りについた木々と草花で囲まれていた。 さらさらと流れる清流も、どことなく時間を止めている。 もし間違ってこの「まどろむ」状態に陥ったら、きっと死ぬ。 物騒なことを考え、思わずディグナイアはその体を恐怖で震わせた。 *** 「本当にここに『神の鍵』なんて人、いるのか?」 風化し、ぼろぼろになった茶色い石の階段を上りながら上を見る。 この城は見た目だけでなく、内装まで面白味のない色だったのだ。 ディグナイアは塔の壁に手をつき、今まで上ってきた分を振り返る。 入り口からは大分遠くなったが、先はまだ長い。 「これじゃあ見つける前に俺がぼろぼろになるな…」 魔法の師匠である爺様に貰ったマントを抑え、再び上りだす。 誰もいない建物の内部で、一人分の足音が反響し、響いていた。 階段を上ると、そこは広い通路になっており、天井は大きかった。 開放感溢れる廊下を走りぬけ、ディグナイアは全ての部屋を見回る。 一番近い場所にあったステンドグラスの嵌められた礼拝堂。 次に、見晴らしのいい(ぼろぼろの)テラス。 最後に誰か身分のある者が暮らしていたであろう部屋。 最後に訪れた部屋にだけは、当時の姿のままで家具が残されていた。 大きな天蓋のあるベッドや木製のクローゼットは白色だった。 それに気づき、ディグナイアは苦い顔をした。 城に入る前に訪れた庭園も家具と同じ純白に塗られていたからだった。 ちら、と視線を窓際へずらし、ふとあることに気づいた。 部屋のベランダが何処か別の部屋に繋がっているのだ! そっと原形を失いかけている手摺りに寄りかからないように注意しつつ、 ディグナイアはテラスから続いている部屋へと入った。 「……え?」 続いていたのは、窓の光一つだけが入る部屋だった。 部屋は大理石で作られ、佇むディグナイアの姿を鮮明に反射している。 そしてもう一人、床に崩れるように倒れている人物の姿。 部屋の影を一切受け付けず、ほんのりと淡い光に包まれている。 髪は綺麗なプラチナ、身につけているのは灰色と白の民族衣装だった。 きっと彼こそが『光の民』なのだろう。 少年は、部屋にディグナイアが入ってたのを知り、ゆっくりと目を開けた。 青い目がぱちりと開き、ディグナイアを見つめる。 「君が…『神の鍵』?」 「…ファドリア…」 「それが君の名前なの?」 「……」 少年は未だに夢を見ているようだったが、それでも立ち上がった。 そして、一歩ずつゆっくりとディグナイアに歩み寄った。 危なっかしい足取りのファドリアの手をしっかり握ってやる。 世界全てが眠り続ける場所にいた所為で、手はすっかり冷えている。 それでも、ファドリアが生きている事に変わりはなかった。 ディグナイアは歩みの遅いファドリアが落ちないように支えながら テラスを渡り、元来た廊下へと出た。 人一人いない城は相変わらず静まり返っている。 「少し歩くけど、ついて来れるか?」 「歩けるよ」 先程よりしっかりした口調で頷くと、ファドリアは微笑んだ。 時の眠る世界の中、二人だけが動き、生きていた。 二人は何かに急かされる様に城を出ると、庭園を突っ切って走った。 ディグナイアはその要因をわかっていた。 城が、ふたたび眠りの周期に入ろうとしているのだ。 やがて城門を出た二人の背後で、草がみしみしと音を立てて石になった。 突然起こった出来事に恐怖を抱きながらも、ディグナイアは声を出した。 「城が、また眠るんだ。だからこうして…」 「ディグナイアが来る前は俺も石になってた」 「…そっか」 見つめている間にも石化していく城の様子を見つめ、 ファドリアは両手をゆっくり動かしながら目を瞬いた。 石化する城内から脱出したことが飲めこめないというかのように。 「ありがとう」 「へ?」 「俺を目覚めさせたのは、君だから」 「…俺が…『神の鍵』を…?」 「呼ぶ声がしたから」 二人はしばらく石化した城を眺めていた。 風に吹かれ、儚げに立つファドリアの手を握ると、 ディグナイアは世界を救う決心を改めて固めた。 「世界を一緒に助けよう、ファドリア」 「うん」 「そしたら、きっと俺が助けてあげるからな」 「うん」 灰色の曇天から冷たい風が吹き荒れていたが、二人は歩み始めた。 かさりかさりと音を立てる枯葉にファドリアは立ち止まり、微笑んだ。 ディグナイアは城をもう一度振り返り、ファドリアを呼んだ。 晦冥の剣がきらり、とその背で光り輝き、世界はすんと静まり返った。