放射状に道路が整備されているルディ・ガンヌの中央、かつてオアシスの源泉が見つかった場所に 王城は建てられている。 王城なのだから当然金ぴかで豪華、というカイトの予想と反し、内装は簡素ながらも 所々に匠の趣向が施されたシンプルなものだった。 この様にシンプルな飾り方も、 現国王であるテスラ・ベルファス自らが修復工事の際にそう呼びかけたからだそうだ。 「昔のテスラは放浪癖が強くてさ、しょっちゅう世界中を旅してたんだ。  今でもその時身についた“簡素の中の美しさ”を美徳としてる」 「確かに…広場のモザイクとか、城の内装もそこまで豪華じゃないしな」 二人の通された謁見の間の天井や床の大理石等の内装を見渡しながら、カイトは ヴィルアの言った事をやっと理解した。 色や造りは簡素でありながら、思わず見つめてしまう、 見つめてしまうけれど、疲れる事はない、その美しさ。 そこまで寒くはない、と思って脱いだコードを左腕に抱いたまま、 暫くの間カイトの視線は玉座の装飾に注がれていた。 ふと、気配を消していた者が突然現れたように 玉座の影から青年が一人、少し気の抜けた声でヴィルアに声をかけた。 「あれ?そこにいるのは…ヴィルア?」 「カラドリウス、テスラは如何したんだ」 「今準備中だ、ってついさっき言ってたよ」 面倒臭がりのテスラがちゃんと今まで予定通りやってるから、怠ける頃合だと思ったんだけど、 とカラドリウスが二人に歩み寄った。 王城の室内装飾よりもシンプルな白の軍服を着た、茶髪に青い目の青年は 後方を伺う素振りをしてから苦笑いを浮かべる。 どうやらまだ少し、国王が現れるには時間と準備が必要なようだ。 「えっと…君がカイト君だよね?初めまして、俺はシエル=カラドリウス」 「あ、どうも。あの、カラドリウスは家名?」 「勿論家名だよ。ちょっと事情があって家名で呼んでもらってるだけ」 事情、と言う瞬間だけくい、と右の眉毛を上げ、カラドリウスはその話は終わりにしよう、と 心なしか小声で言った。 由緒正しい三大王家の正真正銘の末裔だというだけで疎まれる場合もある、とヴィルアは 事情を知りたがるカイトに警告した。 カラドリウスは国王が来るまでの間、カイトに神の子供の仕事内容、またその歴史、 自身の出身地について色々と教えてくれた。 「神の子供」とは神の補佐をする、文武両道のエリート達が揃った組織で、 その起源はなんと四千年前まで遡るという。 しかし、本来はこれ以上ないほどの隠密組織なので、実際は 大半の勤務者が神の子供だとは分からない。 「仕事に比例して給料は跳ね上がるんだけどね…肉体労働だから大変だよ。  俺はもう終わったけど、モンスター退治だったんだ。  ヴィルアみたいに護衛だったら良かったのにな」 「え、ヴィルアも神の子供なのか?」 「ありゃ。言ってなかったんだね」 えへん、と若干上擦った声で咳き込むと、ヴィルアは着込んでいたコートの襟を直して、 カラドリウスを睨んだ。 無駄な情報は無用に一般人には知らせるな…という無言の警告に、 カラドリウスが気まずそうに軍帽を深く被り直す。 同じ神の子供であっても、一般人に職業を知らせて良い人と、知らせてはいけない人がいるんだ、 とカラドリウスが言った。 物騒な仕事を受け持つヴィルアの分野などは特に厳しく、 名前でさえ一般人には知られない人々が沢山いるらしい。 その時、カラドリウスが出てきた玉座の奥の部屋から、 真紅のマントを着た一人の男が三人のいる場所へ現れた。 年齢はそう若くもないのか、 氷河のように冷たい緑の瞳が目立つ顔には幾本か皺が入り、がっしりとした体つきである。 カイトの傍で呑気そうに話したカラドリウスが、彼の顔を見るなり、 ぴしゃりと叩かれた様に素早く姿勢を正した。 無表情でありながら、緑の目が威圧するように鋭く光る玉座に座った男こそ、 帝国の国王、テスラ王なのだ。 「なるほど、無事やってくれたか」 「神の子供、三大幹部の俺では信用出来ませんか?」 「信用に足るからこそ、だがな」 厳しい表情ではあったが、テスラの声は若々しい張りを持ち、 何処となく威厳を含む、王らしい声だった。 だが、玉座に座っている彼の服装は 素材は違えど、旅人が着る、実に簡素かつ素朴なもので、あまり王族らしくない。 テスラ王は僅かに微笑むと、玉座から少し離れた左隣にいるカラドリウスに頷き、カイトを見た。 「これが俺の息子…か。あまり実感が沸かないな。  それに、十四年ぶりの再会に何を言ったらいいのやら、俺には分からん」 「あ、貴方が俺の父親!?ヴィルア!俺そんなのは聞いてないぞ!」 極普通な表情で後方に立つヴィルアをカイトが詰ると、 ヴィルアは肩を竦めてお手上げ、とばかりに首をふった。 「お前は王に会う理由を聞かなかった。それに、王宮の途中で大声出されたくなかった。以上」 「大声を出しても構わないがな。…カイト、そう緊張しなくてもいい。  何せここはお前の家なのだから、ここにいる間だけでも寛ぎなさい」 「は、はい。ありがとうございます」 「敬語も良い。というより、私は敬語が苦手だしな」 見た目は大人だが、テスラ王は意外な事に、 気さくな青年の性格と声を持ち、それでいて気品を漂わせていた。 帝国の王様は王様らしくない王様だ、と驚き、 感心したカイトは素直にテスラ王の言う事を聞く事にした。 カイトがいつの間にか用意されていた椅子に座ると、 玉座の左隣に立っていたカラドリウスが一つの皮袋をカイトに渡した。 「私達ベルファス王家の証、月夜にしか取れぬ宝石「光花」(ひかりばな)だ。大切にしなさい」 「分かった」 「さて…私がお前を幻想世界に呼び戻したのは、…世界が、お前を呼んでいたからだ」 不思議なことだが、カイトはその言葉を聞いても 僅かたりとも緊張したり、恐怖を抱いたり、混乱する事はなかった。 前々から誰かに話の内容を教えられて、 今その言葉を聞いたように、カイトの胸中は静かに凪いで次の言葉を待つ。 テスラ王は一人密かに、 十四年ぶりに出会った息子が堂々とした姿勢で話を聞いている事に驚きながらも、話を続けた。 「呼んでいたとカラドリウスが預言したのは…一ヶ月も前のことだがな。  世界に呼ばれた―  つまり世界各地に散らばる五本の剣の内、一本に選ばれたから、と言ってもそれは大事ではない。  普段は時間を置くはずだが、今回は訳が違う」 一旦、話を切ったテスラ王は唐突に目を閉じると 空中に向かって右手を伸ばし、左手は膝の上で広げ、 「ディグナイアの封印が危うくなったお陰で、剣に選ばれた者の力が必要になってきた。  …現に、かつてお前と同じ年齢で選ばれた私でさえも、な」 優雅な曲線の柄と、美しい白夜の光を放つ、 「聖なる五本の剣」の一つ、「光明の剣」をその両手に現した。

ブラウザバックでお戻り下さい。