ブラウザバックでお戻り下さい。
「“幻想世界”(イシュロン)へ御帰還おめでとう、カイト」 扉が背後でしまり、二人の周りが暗転する直前にヴィルアがそう、 微笑みながらカイトに囁いた。 辺り全てを暗闇が包んだと思った瞬間、 今度は予想を超えた圧力がカイトの全身を包み込み、耳の中では轟音が暴れ回る。 ぶわあっ、とまるで水の中に飛び込んだような浮遊感と 海流の如き力強い“何か”の流れが何度も二人の間を通っては戻った。 一面に広がる暗闇に目が慣れてくると、二人の間を流れていた“何か”は すっと身を引くように消え失せ、代わりに霧で包まれた空間にカイト達は立っていた。 イシュロンの守りを務めるのは五つの剣 光明、暗闇、黄昏、暗雲、夜明 さてさて五つの剣は何処に眠る? 時間が経てば歴史が変わる されど勇者は剣を見つけずあっちへこっちへ 五つの剣は何処に眠る? 薄青色の霧が揺らめくその向こう側から、子供が歌っているような声がヴィルアに語りかけた。 ああ、といつもの事なのかヴィルアが笑いながら合言葉なのだろう一文を、 霧の向こう側へと大声を上げて叫ぶ。 「それは光の集うところ、光のお宿!」 おかえりおかえり、イシュロンへ ようこそようこそ、イシュロンへ 不思議な声はヴィルアに帰還の言葉を、カイトには招待の言葉を送ると、 視界を覆っていた霧の向こうへと二人を誘った。 霧の向こうには摩天楼でヴィルアが開けた扉の、 更に一回りも二回りも大きい水晶で出来た巨大な扉が今まさに開こうとしている。 「ま、いい加減展開は分かるだろうけどさ」 ヴィルアが隣で苦笑いつつ扉の前にぱっと左手を掲げ、 その扉から一斉に飛び出した光に思わずカイトは目を瞑った。 再び二人をあの浮遊感と異常に強い風が吹き抜けていく― *** どこか遠い場所、広大な青空に盛大なパレードの旗が上がり、 真っ白な鳩の群れがその上を忙しなく飛んでいく。 世界には活気と希望、生きる事への喜びが満ち溢れ、 荒れ果てていながらも世界が今よりも美しく輝いていた時代。 そんな道筋を、中央に聳え立つ城内からパレードの列を眩しげに見つめる人物がいた。 今よりももっと若く、彼の目はきらきらと好奇心と希望とで輝き、 パレードの上空に見える青空と同じ位透き通っている。 太陽の国で育った為か、 その肌は今よりも日焼けした小麦色で彼の生命力をありありと表現していた。 「ファドリア!」 知らず知らず、カイトは青年に向かって手を伸ばし、 教わった覚えのない名前を口走った。 そして自分自身の口が発したその名前に驚愕した。 一体俺は誰の名前を言ったんだろう? 肌に当てられた砂風のざらついた感触に、 カイトは意識を浮上させながら両目をしっかりと開いた。 「おそよう、随分心地良く寝てたから起こさなかった」 「ここは…どこだ?」 「砂漠。詳しく言えばヴァーチュア帝国の領域に入った所」 がたごと、と決して寝心地の良いとは思えない場所にカイトは寝ていたようで、 カイトの肩に掛けられていた毛布がずれ落ちる。 西部劇で出てきそうな馬車を器用に片手で操りながら、 ヴィルアはカイトに小さな小包を渡した。 小包の重さはまるでプラスチック製のコップのように軽いが、 外見は何やら尖った小さな刃物の形をしている。 開けて見てみなくとも、外見とその軽さから小包が一体何なのか、カイトには嫌でも分かった。 「もしかしなくとも、短剣…か」 「イシュロンはお前の住んでた世界とは違って、身を守る物が必要なんだ。何せモンスターが出る」 「普通にモンスターが出るって、相当危険じゃないかここ!」 「普通に殺人者がいるような社会よかマシだと俺は思うけどな?」 非難の声をあっさりと皮肉で返したヴィルアが操っている動物は、 馬車の中からは馬のように見えたが、馬ではない。 白がほんのりと色褪せた色の羽毛で覆われた、 大きさは大体大人の一回り大きい鳥が馬車を引いていたのだ。 つまり、馬車ではなくて「鳥車」といった所か、と 砂地を走る巨大鳥を観察しながらカイトはヴィルアの隣に座った。 「その鳥は“イルブド (irbd)”って言われる、主に飼育用のモンスター。 特徴は人懐っこくて長距離の移動に適してる、って所かな」 「イルブド…か。何もかも、俺の世界とは全然違う…」 「一番近い町には一時間位で着くけどさ。その前に色々と教えとかないと、」 ヴィルアの隣に座ると、目前に広がる景色がパノラマ状に見渡せることが出来て、 思わずカイトは感嘆の溜め息を洩らした。 雑誌に掲載されている写真で見るような、なだらかな砂丘の丘と、 鮮やかな快晴の空のコントラストが一面に広がり、遥か遠くには町らしき影も見える。 御者台に座りながらヴィルアが荷台から一枚の地図を取り出し、カイトへと手渡した。 よくRPGである地図の様に褐色だった。 「まず、この世界にある国の説明。俺達がいるのがここ、ヴァーチュア帝国。 地図で見ると大体俺達の現在地は…ここ」 「随分砂漠の面積が大きいんだな。ということは、砂漠気候?」 「そう。ま、歴史とかで習っただろうけど、砂漠ではオアシス…水がある所が栄え、そこに首都が出来る。 ヴァーチュア帝国は三大王家の一つ、ベルファス王家が治める、機械工業の盛んな武力の国」 「三大王家」という言葉に首を傾げたカイトをちらと見て、 ヴィルアは「その前に歴史の方が良いか」と頬を指で掻いた。 イルブドが犬が鼻を鳴らすような鳴き声で一声嘶く。 依頼された内容から、ヴィルアがあんまり複雑な部分までは覚えなくて良いと言ってくれた。