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1月の東京は冬の真っ只中、吐き出す息が白く染まり、 人々はそれぞれ分厚いコートやマフラー等の防寒具を身に着けている。 青々とした空を狭めるように建てられた摩天楼の下、 混雑した交差点でカイトはぼんやり、交差点を通過する車を眺めていた。 うんざりしている彼の隣で、彼の友人達が 昨日見たテレビ番組の内容が面白かったとかニュースについてとか話している。 「高校最後の年を楽しもうぜ!」と言われては、 冬休み中にも関わらず家から出ないカイトも行かない訳にはいかなかったのだ。 彼はそれなりに都会に近い場所に住んでいたので、 いきなり渋谷に行こう、と言われて喜ぶ人間ではなかった。 今時若者のするファッションとか人気俳優とか新作ゲームとか、 普通の人々が興味を持つものだってカイトは興味を持たない。 むしろ、カイトにとって面白い物といえば、 図書館の奥深くに眠っていそうな古くて内容を理解し辛い本だった。 数少ない友人の一人から、「頭が固くなるぞ」と冷やかされてもカイトは動じず、 学校の昼休み中ずっと読書していた位好きだった。 赤になっている信号を待っている今この時でさえ、 鞄の中にしまっていた伝記を暇潰しにぺらぺら捲っていた所である。 カイトの目の前で、ぴたり、と一台の車が時間を止められたように止まった。 本を読んでいたカイトは周囲の雰囲気が異様に静かになったことに気付き、 はっとして視線を本から外し、辺りを見た。 「なっ…!?時間が止まってる!」 時間が止まったのは車一台だけではなかった。 摩天楼の、しいては世界の時間が止まってしまっていた。 隣に立つ友人達も、目の前を飛んでいく紙も、道端に転がる空き缶も、 ビデオの「一時停止」の状態でぴたりと止まっている。 しんと音でさえ消え失せた世界の中で、 一体何がどうなっているのか分からず混乱しているカイトの目が一点に定まった。 交差点の向こう側、溢れんばかりの人だかりがある場所のずっと奥から、 こつ、こつ、と乾いた靴音がしている。 「安心しても大丈夫、死んではいないから」 「お前は…」 「やっぱり、随分物騒なことしちゃったみたいだな」 何処から来たのか、時間の止まった空間で唯一動いている 金髪碧眼の青年がカイトの方へと向かってきていた。 よく実験室で先生が着ている白衣のように真っ白なコートと、 コートの下から覗く黒いTシャツに似合う濃紺のジーンズを着ている。 ひらひらとコートは青年の歩みに合わせて優雅に揺れ、 一目みたカイトに与えられた神秘的な印象を一層明確なものにした。 訝しげに睨み付けるカイトの顔を見て、 青年はふ、と静かに鼻で笑うと、丁寧にも一礼した。 「初めまして、カイト。俺はヴィルア=エルドリア」 「お前は一体何者?もしかしてお前がこれをやったのか?」 「俺はこれから貴方を教育することになった雇われ者。 それから時間を止めたのは俺じゃないからな」 ま、言ってもきっと信用してくれないだろうけどさ、 とヴィルアは少し諦めた様な顔をしてからカイトの持っていた本を見てカイトを見た。 じっと見つめていると、二人の間を通り抜ける風に揺られて髪がきらきらと反射し、 金だと思っていた髪ではなく銀にも思える。 俗に言うプラチナゴールドの髪なんだろうな、と カイトは突然現れた不思議な青年を改めて観察した。 癖毛をここに来る前直したのか、髪は少し崩れ、 碧眼に似合う白い肌の顔ははっきり言って普通の人よりは端正だった。 美術館の彫刻など足元にも及ばない程秀麗な目元に、 時折プラチナの髪がさらさらと触れている。 「カイト・ベルファス、17歳……話に聞いた通り、と。 事情は“あちらの世界”に行きながら説明するから着いて来て」 「俺の友達は?ほっといて大丈夫か?」 「ここにお前が来てた、っていう記憶は消えるけど、まあ、その他は大丈夫」 さて、と肩をコキリと鳴らしてヴィルアは交差点のど真ん中、 何も無い空間に向かって手を突き出し、ドアノブを握るように右手を広げた。 一見変な彼の動作をカイトは不審に思いながらも 本を仕舞ってヴィルアの隣に歩み寄った。 カイトが隣に来たのを確認し、広げられたままの右手を ヴィルアはドアを開けるように自分の方へと引き寄せる。 新鮮な空気が溢れ出ると同時に、突如として現れた木製の大きなドアが二人の前で開き、 広がっていく空間へとヴィルアがカイトの手を引いて入った。 「“幻想世界”へ御帰還おめでとう、カイト」 扉が背後でしまり、二人の周りが暗転する直前にヴィルアがそう、 微笑みながらカイトに囁いた。