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急激に何処か高い場所から引きずり落とされたように心臓の鼓動が激しく軋み、 同時に右手に微かな痛みを感じてカイトは目を開いた。 しかし予想に反して目の前に広がる薄い靄のような風景に気づき、 先ほどまで自分のいた場所とは違うことに躊躇った。 体全体が空中に浮いているらしく、 踏み出そうとした右足が、足場のない宙を虚しく蹴った。 「…何が起こったんだ?」 見渡す限り、濃い灰色の靄が全体を覆い、 足の下を見渡したとしても、横に広がる物と同じような空模様が何処までも続いている。 良く物語で語られる、瞬間的に移動出来る魔法や、 その唱え方を知らないカイトがここまで来た事もまた、不思議だった。 カイトはいつまでもここに閉じ込められるのではないか?という考えを浮かべ、 胸元まで迫った恐怖を振り払った。 まず何か― 助かる為の方法を探さなくてはならない。 「魔法…って言ってもフルヒールしか使えないだろうな」 せめてもう少し、闘う為の知識を得た後で、 こうなってしまった大元である「魔力・属性判定機」に触れば、 何とかなったかもしれない。 過ぎた事を悔いるのは無駄だとは充分知ってはいるが、 それでも悔やまずにはいられなかった。 空中に浮遊する体に違和感を覚えつつ、カイトは腕組をして目を閉じ、 一人で出来る、助かる為の方法を一つずつ挙げていく。 だが、どれもこれも、大した打破策にはならない。 どうしようもないのか、そう思い始めたときだった。 「こっちだ、カイト・ベルファス」 「!?」 男性かと思われる、中性的で朗々とした声が、薄暗い世界に響き、 カイトは思わず大袈裟に身体を揺らしてしまった。 慌てて声のする方向へと身体を向けると、 一人の男性が冷静な顔をして空中にすっと立っていた。 すらりとした細身の身体で、蜜色の髪と冷たい色をした碧眼を持つ男は、 無表情のまま言葉を続ける。 「ここは世界と世界の狭間…。ここに長くいすぎると、あまり良くは無い」 「なら、どうしろっていうんだ?出て行くとしても、俺には…」 再び考え込もうとするカイトを淡々とした様子で見つめる男は、 明後日の方向を、ぼんやり、と見つめている。 よく見れば、心なしか、男はヴィルアに似ているような気がした。 髪の色は男の方が黄色に近いが、目の色は酷似している。 カイトの視線に気づいてか気づかないでか、男はカイトに向き直った。 「…ヴィルアを呼ぶ」 「…?」 「彼が道をつないでくれるそうだ」 「道?」 「…帰るための道だ。俺は、それを知らせるためにここに来た」 「お前は、一体?」 カイトの問いかけに、男は暫し考え込むような素振りをしてから、 「鏡の鍵と言われる者だ」、と言ったきり、口を閉ざした。 世界が再び沈黙を向かえると、男の後方から光が差し込み始めた。 陽光でもなく、電気の無機質なそれでもなく、 心理に働く何かがあるような光である。 男は光へ身体を向けると、カイトを振り返り、僅かにだが、 微笑んだ。 「道が出来たらしい」 「…ああ。ありがとう、鏡の鍵」 「さようなら、若き精霊王」 男が話を終えると同時に、 薄暗かった辺り一面はたちまち光に塗りつぶされ、見えなくなってしまった。