「この世界には炎、水、地、風、雷、光、闇、黄昏、氷、無の10の属性があるんじゃが。  まずはその属性魔法から話しておこうかの」 にこにこ笑いながら爺様がそう言ったのは、 ヴィルアが二杯目の紅茶と、五枚目のビスケットに手を出し始めた頃だった。 木材で出来たテーブルには真紅のテーブルクロスが掛けられ、 テーブルの下の床には同じような真紅の絨毯が敷き詰められている。 爺様はゴシック調の煙管をくゆらせながら、カイトが持つ杖をそっと手に取り、右手で持った。 「さて、流石に“炎”が何かは大体想像がつくじゃろう」 「爆発させたり、発火させたり…だろ?」 「まあ、そうじゃな。  しかしの、“炎”はただ壊したり殺したりするだけではないのじゃ。  温度の調整をしたり、弱まった体力をじんわり癒すことだって可能なのじゃぞ」 「なるほど…」 隣をちらり、と見やると、ぱりぽりと音を立てながら、 ヴィルアは七枚目のビスケットを控えめに、しかししっかりと食べていた。 食欲旺盛と言うか、がっついていると言うか、 なんとまあ、紅茶に砂糖を入れて、ついでに茶菓子を頬張る姿は少し幸せそうだ。 もしかして日々の任務でストレスが溜まってるんだろうか。 その発散がやけ食いなんじゃないか。とカイトは思った。 その不謹慎な考えに気がついたのか、 ヴィルアは口元を少しだけ歪めて、苦笑いをしてみせた。 「“水”は雨や洪水、激流の力、“氷”は雪、吹雪、凍てつかせる力。  “地”は自然や地の力、“風”は息吹の力、天の力。  そして、“雷”は万物に存在する電流の力。  …ここまでは分かるじゃろ」 「まあ、当たり前…といえば当たり前だしな」 炎が温度管理などに働くとすると、可能性として考えられる水と氷の力はおおよそ検討がつく。 地と風…大地と大空の対比を考えれば、 地震と嵐という人知を超えた超常現象が思い浮かび、その二つは鮮やかなまでに対照的だ。 ゲームの中で頻繁に描写される力、と考えれば、理解できなくもない。 とは言っても、実際、イシュロンでどの様に扱われているのかまでは想像出来ても、 どうやって行うのかは分からないままだ。 「なかでも、“水”と“氷”は非常に良く似ておるのでな。  あまりにも似ていたが故に、  十年前までは一つの属性だと考えられていたのじゃ」 「十年前、カラドリウスが学界に提示した実験で  別の二種類の属性だと判明したって訳だ」 やっと満足したのか、白衣のポケットからハンカチを出して口元を拭い、 一息をついたヴィルアが補足するように口を開く。 随分前にその違いが発見されていたとばかり思っていたカイトは、 長年未証明だったものをシエルが見つけたことに驚いた。 初めて魔法学を知りつつも、確かに言われてみれば、 不思議でも何でもない感覚にはなってきたように思える。 「では次に進むかの。イシュロンの人間はの、三種類の属性を生まれながらに持つのじゃ」 「俺は“氷”と“水”、それから“光”の属性を持ってるんだ。  人それぞれ、組み合わせが違う」 「じゃあとりあえず、俺には“風”の属性があるってことか?」 「そうなるな。  何の属性を持っているか…というのは、これで分かる」 ヴィルアが紅茶のカップから手を放し、くるくると右手を回すと、 壁際に置かれた棚から金の細工がされた、透明なガラス球が浮かぶ。 あたかも見えない糸を手で引っ張るように、ガラス球はカイトの目の前へと飛んできて、 ストン、とテーブルに落ち着いた。 表面には美しい蔦状の透かし彫りがされ、真上と真下には、やはり金の蔦模様が描かれている。 そして、その華麗な金細工の部分に、うっすらと名前が描かれている。 「…『ご自由にお試しください』。  …『魔法道具ならフルゥフリィブランド!』…」 「魔力・属性判定機って言う魔導道具だ。  これで『何属性』が『どの程度強いか』を測定する」 「説明をしようかの。  まず、現れる色は属性じゃ。  “水”と“氷”、“光”と“無”は見分け辛いし、わしが見抜こう」 「次に、威力は現れる立体映像で分かる。  …それじゃあカイト、やってみようか」 その言葉に頷き、カイトは冷淡な輝きを放つ球体を両手で包むように抱え、 球体に意識を集中した。 途端、ぐっと息が詰まる程に意識がぼやけ、 体から魂が引き剥がされたような感覚を感じ、カイトは目を見開く。 「カイトっ!?」 焦りを表情にくっきりと出したヴィルアがこちらを覗き見た瞬間には、 途切れがちだった意識は遠く霞んでいた。 *** 時がまどろみ、花々は白く石化し、そこに生きていた人は皆死に絶え、 崩れ落ちる崖の上に建つ美しく不気味なだけの城。 ただ今は、たった一つだけ、三千年前とは違った点があった。 人が一人、そこに住んでいるのだ。 城に幾つも存在する白い部屋の一つ、 寂れた海辺を眺める、まだ家具の保たれた一室に、一人の男がいた。 まるで全身を真っ白に塗りつぶされたように、来ている服は全てが白く、 露出している肌と金髪との対比を際立たせていた。 物悲しげに部屋に置かれた椅子に座り、サイドテーブルの上にある空白を眺める男には、 生き物が持つ生命力を感じられない。 男が呼吸をする度上下する胸が、そこに居る男が人間であることを示していた。 ふと、男は顎を上げ、 目線を海辺の見える窓の向こうへと勢いよく移し、 何かに驚愕したような表情を僅かに浮かべた。 顔をいきなり右に捻った為、耳元に揺れるピアスが首元に当たり、 ちゃりちゃりと音を立てる。 感覚がある人間ならば多少は痛みを感じる筈だというのに、 男はそれを気にもせず、じっと水平線を眺め、 「いけない…」 一言、 消え入りそうな声で呟いた。

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