港町ジュディ、その漁港としての歴史は今より五百年前から続いており、町に数多く敷き詰められているタイルも当時のままである。 年がら年中絶えず海の男達は輸入船や漁船を巧みに操り、大陸中の地方とウィデルス王国を貿易で繋いでくれているのだ。 彼らの逞しい商人魂は観光にも生かされ、漁港までの大通りは輸入されたばかりの品々が顔を揃え、観光客で賑わっている。 …と、ヴィルアは荷物の入ったリュックを片手で支えながら、 ぺらぺらと滑らかにウィデルス王国の歴史や交易をカイトへ伝えた。 「三千年前、吹雪の耐えぬあの雪原を超えたカラドリウスと、 その一派がここに住み着いたのがこの国の起源だとされてる。  この土地周辺はあちらこちらに三千年以来の魔石鉱があるから、  それに目をつけて着たのかもしれないな…。  ウィデルス王国は、魔石鉱から得られる富と、  海路を使った他国との貿易によって富を築き上げ、代々この土地を守ってきた」 「貿易によって発達した国ってことか」 「そう。大半が寒帯にあるけれど、それ以外の土地は豊かだし、  魔晶石はかなり高価で需要の高い国産物だからな。  けれど、この国には一つだけ問題があった…」 長く喋っていて口が疲れたのか、一息つくと、ヴィルアは器用に背負っている鞄から水筒を出して水を飲んだ。 何時の間にか随分と寂れている街道を歩いている事に気づき、カイトは躊躇い無く歩んでいくヴィルアの背中へ声をかけた。 「なあ、こっちでいいのか?」 「まあ…そうだな。普通の観光客はこの裏通りは通らないだろうな」 一言ぽつり、とつぶやくと、ヴィルアは再び細くも広くも無い、石畳の道を歩み始め、カイトも仕方なく後を追った。 テラスまでの道と比べ、二人が歩いている裏通りは古めかしい鍛冶屋の看板や錬金術師の家、木造の家屋がひしめき合っている。 良く童話や歴史書の解説で見られるような、鉄を溶かして作る様式の鍛冶屋が多く、目移りしながらもヴィルアの後を追う。 ちゃんとカイトが後を追って来ていることを確認すると、途中で途切れてしまった話を続けた。 「この土地は昔から魔力の地盤が不安定だった。  当時の記録によると、気を抜けば魔法が暴発して大変な騒ぎになった程らしい」 「魔石鉱に集中してた魔石が影響してたんだな」 「ああ。…そこで、カラドリウス王は各地に特殊な鉱石を安置し、  魔力を周期的に発散させることにしたのさ。  ジュディ付近にも少なからず二つ、当時建てられた遺跡が残っていて、  今でも神殿として国民や他国の人々に崇められている。  王家はその遺跡が異常を起こさないように監視する為に、  魔法・魔術の秘儀を代々受け継いできたってわけ」 50m程狭い裏道を通ると、前触れもなく、急に一軒の巨大な研究所らしき建物が二人の前に現れ、カイトは驚いた。 丸い屋根に乗っかっている巨大望遠鏡が真っ直ぐに天へと向けられ、建物の周りでは魔法教室が研究者達によって開かれている。 映写機によって宙に映されているのは何やら青く透き通った地球儀(イシュロンだから幻球儀なのだろうか?)だった。 「ここが、イシュロンで最も高度な技術が生み出されている王立魔法研究所。驚きなのは、王族の人たちも研究をしているんだ」 「王様や王子が?」 「当たり前さ。  カラドリウス王家は天才科学者や技術者を多く輩出していることで有名だからな。  なんでも、王子よりも研究者になりたい!と  皆言い出して困ってる程研究が大好きなんだそうだ」 例えば…そう、カラドリウスが一番良い例だ、 そう言って、研究に没頭する様子を思い浮かべたのか、ヴィルアは苦笑した。 真新しい情報や歴史を頭へと必死で叩き込みながら、カイトは魔法研究所の全容をゆっくりと見渡していく。 「おお、おお、懐かしい顔の若造がおるわい!」 と、そんな二人に一人の老人が声をかけてきた。 魔法使いと直ぐに分かる顔つきに、丁寧に結ってある白髪は腰まであり、先端に魔石の填め込まれた古い木製の杖を持っている。 その背丈は二人よりも頭一つ分小さかったが、身に纏っているオーラはそんな事を気にさせないほど威圧感があった。 老人に気づくと、ヴィルアは会釈した。 「お久しぶりです、爺様。カイト・ベルファスをお連れしました」 「やはりの。生意気な眼差しといい、自信ありげな口元といい、若き頃のテスラにそっくりじゃ」 緊張して少し固まっているカイトをじっくり見つめ、「畏まらなくて良いのじゃぞ」と穏やかに微笑んでカイトの肩を叩いてくれた。 良く見知った実の祖父のような安心感を覚えさせる、節くれ立ってはいるが、暖かくて勇気のある手だった。 「父さん…、若い頃の父を知っているんですか?」 「勿論じゃ。何せ、テスラ、シエル、  そしてそこに居るヴィルアに魔術をみっちりと教えたんじゃからの」 そう言うと、爺様とヴィルアに呼ばれた老人は軽やかに笑って、二人を研究所へと向かい入れた。

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