さよならの海 頭上にある真紅の夕空がじわりじわりと暗闇に侵食されていく、 その様を見ていたこの足元に、ひたり、と見えぬ波が打ち寄せる。 冷たい感覚はするというのに少しも実態のない 哀しい波は奥の方で青色に変わる。 頬にかけたやつれた手の、指の一本一本の間を嘆くように 北風が吹きぬけ、火照りを冷ます。 死の淵に立つこの身体を、死者の嘆きが通り抜け、 その度、身体の芯まで底冷えた。 それでも、いつここから立ち去るか分からない、 まだ待ち続ける。 夕暮れ時の降魔刻、虹色の宇宙の端から闇が追いかけてきて、 やがて宇宙を紺碧の閉じこもった天井へと変える。 その、微妙な時刻の様子全てを映しながら、 死者の船が訪れる橙の世界は緩やかに呼吸をした。 人が息をすれば肺が膨れて胸が上下するように、 不可視の海は静かに引いたり押し寄せたりしている。 岸辺に浮かぶ船乗り  ―緩やかに髪を纏め上げ、服の端を巻いている女が、 じっと向こうを眺めていた。 向こうに合図の火が見えたら、 その船を出して死者を向かいに行く役目の者だった。 岸辺に黙って座る男が珍しいのか、 女船乗りは優しく語り掛けてきた。 「誰を待っていらっしゃるの、あなた」 「もう死んでいて、海を今度は逆に辿る男」 「そんなこと誰もしないでしょうよ。  黄泉帰りの男なんてそりゃ沢山いますけれど、  この海を渡って帰るなんて、大それたことしないもの」 「俺はその、大それたことをする男を待ってるんだ」 船乗りは不思議そうに首を傾げ、また向こうの方をじっと見やった。 ふと瞬きをした頃、ぽっ、と暖かそうな火が灯り、 女船乗りはすっと船を出した。 行かないのか、と自分に問わず、 悠々と色のない海を船が横切っていく。 「それじゃあ元気で、私は仕事がありますから」 「ええ、お元気で」 ゆっくりと砂浜から腰を上げ、女船乗りを見送り、 やがてその姿が見えなくなると、今度は砂浜を真っ直ぐ歩いていく。 この砂浜をずっと行くと、やがて元の草原に戻れるのだから、 急くことはない。 ただ、気持ちを静まらせながら足を運ぶ。 あの男は一体いつ、こちら側に来るんだろうか。 思考にぽっかりと浮かんだ疑問を、頭を振って打ち消した。 ********* 黄泉の海とエルディ。抽象的イメージで書いてみた。 黄泉は三途の川で表されるけど、海でもいいかな、と。 No.199 - 2008/04/07(Mon) 17:39:54 ********* こんにちはの花 ふわりとした花束を前に、きょとんとした目で エルディは俺を見つめて、「どうしたんだ?」と問いかけてきた。 確かに今日は何の記念日でもお祝いでもないんだった、 でも俺はこの日を祝いたくて、 つい、花束なんて柄でも無い物を買っちゃったんだ。 「…そうか、今日は…」 「ん、そう、世界開放の日なんだ。…“俺たち”の」 「よく覚えてたな、俺、忘れてた」 ピンク、薄水色、黄色、色とりどりの花束を抱えた俺の目を じっと見つめながらエルディは笑った。 (エルディは人の目を見つめる癖があるって今思い出した。) この花束を手向ける、死者の渡る海の浜辺はエルディがよく知っている。 何故かは俺は聞いたことなんてない。 エルディの心中奥深く、悲しみと憎しみ、懐かしさの記憶は染み込んでいて、 その苦しみを独り、エルディは味わってきたのだから。 「エルディ、後悔してないのか、引き受けたこと」 「してない、とは言い切れない。だけど、」 こうして時を越えた相手と喋るのは面白いからな。 俺が時を守る事で、 俺が知っている人達全ての過去を守る事に繋がるなら、本望だ。 俺はその言葉を聴きながら、 花束にちょっとだけ顔を埋めて花々の良い香りを嗅いだ。 アイツを誘わなかったのは、アイツが過去を背負うことは無いし、 アイツはそういうのが嫌いそうだったから、止めておいた。 「その花束、すごく綺麗な色だ」 「うん、俺も気に入ってる。  花束は「こんにちは」って意味だってさ」 「なるほどな」 夜明け前の空は綺麗な虹色をしていて、 立ち寄った崖は昔と比べて随分花畑が広がっていた。 確か記憶の限り、五百年経っているから、当然か。 なあ、覚えてるか、カイト、バルフレア。 アンタは、ここで確かに約束をしたんだ。 偶然なのか必然なのか、俺はそれを叶えてしまった。 「こんにちは、イシュロン」 「お久しぶり、イヴァリース」 ********* エルディとヴァンの絡みは難しいです。口調似てるので… 白抜きは反転すると見えますよ(こっそり) No.200 - 2008/04/09(Wed) 22:47:13 ********* 精霊の子 最初、冷たい空気と、暖かい力を感じて、それから、 わたしは初めて、この世界に生まれた。 あんまり意識ははっきりしていなくて、 二人の人の子が何を言っているのか良く分からない。 でも、きっと名前を言っているはず。 りちあ、える、不思議な名前。 他の精霊と比べれば随分と、短い名前のような気がした。 *** それからいっぱい冒険をした。 エルディと一緒に、青い空も緑の原っぱも、美味しい果物も、 全部わたしには初めてのものばかりだった。 エルディのために、私はエルディが強くなるおまじないをかけたり、 傷を治したり、他の精霊たちの力を借りていった。 エルディは人だから、 精霊の声が、姿が、存在が、全く分からなかった。 わたしも、いつか、聞こえなくなるの? わたしはエルディを守らなきゃいけなくて、 エルディはわたしと他の精霊にとって大事な存在なのに? 不安でいっぱいだったけれど、わたしはエルディを守り抜き続けた。 それしか知らなかった。 エルディ以外の人の子は、皆が皆、 暖かくて優しい訳じゃないことは良く知っていたから。 せめて、わたしができる精一杯の行動を。 *** エルディの頬に、ぼんやり赤い竜のアザが浮かび上がった時、 わたしの力も、少し、震えた。 精霊の力が震えている、いいえ、これはエルディの力の震え。 あと少しで勝てそうだった。 でも、エルディは突然船から弾き飛ばされ、海へと落ちていく。 わたしは急いでエルディの後を追って深く深く潜り込んで行った。 船から大砲が向けられる。 ガイアの命を奪った、恐ろしくてとても強い人の武器。 あれが当たったらエルディは死んでしまう、 何とか助けたいのに、わたしの力は小さすぎる! エルディを守らなくちゃ、 死なせてはいけないから、守り抜かなくては、 でもどうやって? エルディの身体は暖かくて、 冷え切った深海の水がほんのりと温かくなっていた。 この暖かさを、失いたくないのに。 凄まじい振動に力が震えるけれど、わたしは耐え抜いた。 エルディの力の震えが治まって暫くして、 大砲は止み、ようやく海に静けさが戻る。 もう一度、エルディの顔に手を当ててみても、 先ほどのように、あんなに熱くは、なかった。 ********* 第一章〜第四話直後のフィー。 もっと詳しく付け足して小説を書くつもり。 No.203 - 2008/04/27(Sun) 01:58:56 ********* おとぎ話 そこは教会だった気がする。 暗い教会の中、差し込むステンドグラスの、色鮮やかな光。 とても暖かかった、おそらく、兄の手。 「ここはあるおとぎ話を元に作られてる」 「おとぎばなし?」 「ああ」 手を引かれ、ステンドグラスの光が丁度当たる場所に 落ちていた絵本の所まで歩く。 絵本は、子供が両手で持つのにぴったりの大きさだった。 綺麗な色の絵がたくさんある、クリーム色の表紙に、茶色の文字。 外国の言葉で、よく分からなかったけれど。 「ひとりの王子が姫に恋をして、  それに怒った王が王子を追放してしまう」 「おうじさまがかわいそう…」 「その王子を、姫は祈りながら、ずっとずっと待ってる…。  そんな話だ」 隣にいる少年が、懐かしい笑顔で本を差し出してくる。 それを受け取り、夢中になって絵本のページをじっと見つめた。 青い暗闇、緑の森、それから、白いハト。 「そろそろ行かないとだめみたいだ」 「バイバイ」 「ああ、さようなら」 教会の鐘が、鳴り響く。 ドアが開き、誰かが少年を呼んでいるらしかった。 お別れの時は、随分と早かった。 「いつかまたあおうね、     」 「あえたら、な。親に迷惑かけたりするな」 「わかった」 ドアから漏れる光で逆光になった少年の顔がこちらを向き、 静かに微笑み、また、ドアへと歩き出す。 母さんはきっと、教会の外の花畑で花を摘んでいるんだろうな。 ぼんやり見える人影―― 父が兄の手をとり、ゆっくりと遠ざかっていった。 そして、その後二度と、兄に会うことは、なかった。 ****** ま、分かる人には分かるアレです。 Tさんが見たいって言ったので書くことにしました!(…) あれ、でもこれだと本命が…。 ま、細かいこと気にしないでください。 No.205 - 2008/05/06(Tue) 12:08:31 ********* 兄の面影、弟の面影 エルディは、いつも刀身がすらり、とした、 美しい剣一本だけを所持している。 名刀中の名刀であることは間違いないのだが、如何せん本人が それ以外の銃や槍といった 一般的な武器を携帯した姿を見ることは殆どない。 余程のこだわりがあるのか、それとも他の武器を扱えないのか…。 とにかく、エルディはその剣一本しか扱っていなかった。 そんな彼が、突然、もう一本の剣を取り出したのだ。 雪をモチーフにした、 豪華で派手な金縁で彩られた刀身が目を引く剣は、 普段純真素朴といった風貌の彼には似つかわしくない。 だというのに、気に入っている様子だった。 「エルディ、その剣はどうしたんだ?」 「これのこと?」 「ああ。派手なの好きだったっけ、エルディ」 「いいや…そんなに好きじゃない。  普通派手な飾りがついた武器は強くない」 それならどうして、と言いかけて開きかけた口を、 そっと閉じた。 両手でしっかりと剣を持ったその目は、 長らく帰っていなかった故郷を見るような目つきだった。 目を見て、ある男を思い出し、ある剣に思い当たる。 そうか、面影、か…。 エルディは生来、心優しい人間だ。 それ故、心の隙間に世界の為だの、魔境を防ぐ為だの、 様々な責務を負ってしまい、故郷へはずっと帰ることができない。 ましてや彼に古い知人はあれど、 かつて親しかった人間はその殆どが生きていないのである。 「二十歳を迎えるまで、俺は敵を許せなかった。  …だけれど、それを超えてからは…ない」 「今は?」 「何を目指そうとしていたのか、  何が本当に欲しかったのかが分かった気がするよ。  たぶん…もう年だから、かもしれない」 そう言って苦笑したエルディの腰に下げてあるもう一本の剣が、 ゆらゆらと風に揺らめいた。 それほど、その剣は軽かったらしい。 一方、両の手に抱えられた剣はどっしりとして、 鈍い反射光をエルディの左頬に当てていた。 ********* 豪華な剣っていうのは、序盤の兄の剣のレプリカだったり。 エルディは片手剣というより刀のイメージがあったりする。 なんでだろ。 No.230 - 2008/07/04(Fri) 17:45:52 *********