願いは指先に ああ、あんたは愚かな人であったと、俺は思う。 一度も愛していると伝えたことのない関係だった。 俺は大して彼人を愛していた訳ではなかった。 けれど、愛していない訳ではなかったのだろう。 真に愚かなのは、一体どちらの方だったか。 流れる清流に足だけを浸して、俺は少し休んだ。 太陽の光の届かぬ、深い霧の立ち込める場所だった。 そこは俺だけが知っている遊び場で、誰もここには来ない。 ひょっとしたら、俺が愚かだったのかもしれない。 早くに彼人を止めることが、俺に出来たかもしれない。 何度も同じことを考え、吐き気がした。 愚かなのは人の本性ではないだろうかと思った。 随分前のこと、俺は彼人に殺される寸前だったことがある。 死への恐怖よりも、忘れられる恐怖が大きかった。 まだ無知であった俺は思わず呼吸を忘れた。 きり、と締められた空気の震えを身近に感じる。 そこには何もなかった。あるのは願いだけ。 ああ、もしも俺が彼人を止められたら、 俺は何者も失くさなかったのだろうか。 あの人の冷たい指先に、俺は願いを託せたのだろうか。 過去に流されてしまった、遠い願いを。 すっかり大人になった体が静かに息をしている。 俺は恋心を抱けずにまた世界を放浪する。 あんたを愛することだって出来たのだろうけれども、 俺は、あんたを愛そうとは、思えなかった。 軋んだ胸の奥、その僅かな思いを感じながら、 今日も俺はあの人が持っていた冷たさを思い出した。 そう、俺の願いはこの指先に、 ****** かなりの短文。でもこれが一番書き易い。 大抵、こういう核から小説を書き出すことが多かったり。 ネタ帳の短文をアレンジすることがあるかも。 No.78 - 2007/03/19(Mon) 17:45:29 ********* 本当は貴方だって気づいてる こつり、こつり、 無意識にコンクリートの味気ない表面に足でリズムを作っていた。 いけない、いけない、まだ家に着いてない。 交差点の少し手前でその男は濃いブラウンの傘の柄をきつめに握っている。 自然と視線が合ってしまい、気まずくなって視線を白黒の歩道へと外す。 (最近、よく会うな、こいつ) (最近…よく見かけるような) 他意も無く信号が青に変わり、小雨の雨の中を人の流れが通っていく。 勿論、それに乗って向こう岸へと渡りつくわけだ。 でもふと気づく。 やっぱりどこか別の場所であったような? あの時確かお互いに敵じゃなかっただろうか、 深緑色が鬱陶しい場所だったんじゃなかったか。 「あの」 男はそこに立っていた。 声をかけられたのがさも珍しいかのように、少し目を見開いている。 綺麗な青色だった。俺と良く似たアイスブルー。 俺の脱色した金髪がすこしばかり彼の金髪に似ているような気がした。 (何故か俺の場合、脱色しても髪があまり痛まなかった) 「どこかで、会いませんでしたか?」 「さて、な」 人々がいなくなった駅前の交差点で、貴方はきっと気づくんじゃないだろうか。 だって俺達は以前にもこうして顔を交えたんじゃなかった? だからこんなに懐かしいんじゃないか? ****** 現代パロで、エルディとストラウド。 こういうネタをやってみたかった、後悔はしてない。 No.105 - 2007/06/16(Sat) 17:31:13 ********* 種無し西瓜と俺 はーい、とか、まいどーとか、間延びした、 暑さにだらけた声で接客するのはNGだ。 もっとはっきり、きっぱり言うんだ、そしたら客来るから、 バイト先にいた友人にそう言われて仕方無く大声で挨拶をしまくりだった。 暑いし疲れたし休んでいたいのだけれど、 自由に使える預金の為なら有無は言えず、 自分でやりたいといったバイトだから自己責任も問われる。 真夏の海の店なんて、如何してこう潮臭いもんか。 文句をぶつぶつ、ぶつぶつ、脳内で沢山思うがままに言って、 一呼吸入れたところで程好く日焼けした友人がぬっと顔を出した。 両手に恐らく売れ残っていて食べても良い、商品のアイスをしっかり持っている。 「休憩だってよー」 「ああ、なるほど」 休憩中くらい涼しい所で過ごすか、そう思って、 額の汗を手拭いでさっと拭き、店の裏にあるベンチにどかりと座った。 店の裏手は日陰になっていてひんやりと涼しく、 そこから見える海は少し奥地であまり人が見えなかった。 休憩は存分にあった筈だから、 俺は暇つぶしと涼みを兼ねて、日陰になった浜辺へ向かって、 「あ」 「……」 最近よく見かける人に出会ってしまった。 今日は散歩で来たのか、違うのか、知らないけれど、 いつものスーツ姿じゃなくて、ラフな格好だった。 この人が浜辺に立って、風に吹かれているのを見ると、 やっぱり格好が良い人は何をしても似合うのだと思い知らされる。 本人には失礼かもしれない、と内心で溜息をついた。 「こんなところで会うなんて、珍しいですね」 「俺にも、気分がある。 貴様こそ、如何してここにいる?」 「バイトです、海の家の」 無表情な顔で唯一生気の見える目を細めると、 ふ、と小さく男が鼻で笑った。 普通、堪忍袋にかちんと来るのに、 この人がやるととても自然で怒る気にもならない。 変な人だ、と思った。それに俺も変だ。何かが、違う。 「今は休みか」 「ええ」 「…だらけずにやることだ」 潮風を受けて僅かに揺らめく髪をどかそうともせず、 彼はゆっくりと歩道の方面へと歩いていった。 言われずともしっかりやるよ、と自棄になって大きく叫んで、 俺はバイトに戻るために走り出した。 走り出す瞬間、彼は僅かに、小さく笑ったような気がした。 ****** 名前を一切出してないけど、ストラウドとエルディ。 ある現代パロの続きであり原案。 お互いのことを良く知らないけど、実はよく知っているのさ。 ズィレンムァ。 No.117 - 2007/07/17(Tue) 20:57:05 ********* らくがき がりがり、ごりごり、くしゃり、 「なあ」 ごり、 「なあったら」 「ん、」 「なにかいてるの?」 「太陽」 がりがり、びりびり、ぺらっ、ぽすっ 「描くの早いんだね」 「そりゃてきとうにやってるから」 「そうかなあ」 ごり、ごり、かりり、ごり、 「エルディ」 「なあに」 「何を描いてるの?」 「れっく!」 「ぼく?」 しゃっしゃ、ぴりぴり、ぺらり、ぱさっ、すとん、 「できたー」 「上手いんだね」 「でも皆よりずっとずうっと遅いんだ」 「良いじゃないか、遅くて」 「だってさあ、 ……」 ことり、さっ、がりがり、ごりごり、 「今のれっくの顔を描くのに間に合わないじゃないか!」 「そ、それは…」 「…あ」 「うぬぼれてもいいかな、エルディ」 「あーあ。おれだけの秘密だったのに」 さりしゃり、ざっざっ、ぺらり、 「できればね、僕もきみの顔全部書いてしまいたいんだ」 「おれの?」 「だって、今のエルディ顔は、たった一度きりだろう?」 「あ、ありがとう…。 おれぶきっちょでせっかちでいやなやつだから…」 「そんなことはないよ、エルディはエルディだ。 大きくなって大人になっても」 「ありがとう、れっく。ほんとにありがとう」 ****** ちょっと小さめのれっくとえる。少しほんわか。 童話風の雰囲気がだいすきだー。 No.123 - 2007/08/02(Thu) 23:02:14 *********