しから始まる物語 静かで、それでいて穏やかな森の中を二人は進んでいた。 森林の中は迷路のように入り組んでいて、その構造をよく頭に入れて 置かなければいけない。 レキウスはずんずん前を進むエルディの後姿を、 少しばかり心配気に見た。 「あとちょっとのはずなんだけどな…」 「迷ったんじゃないだろうね?」 「大丈夫だよ!ちゃんと頭に入れてきたから!」 年下であるレキウスが心配してしまうほど、エルディは無鉄砲で無邪気で… 天真爛漫とはまさにこのことだ。 けれど何処か眩しい光の裏に、悲しみを含んだ側面が、そっと覗いてもいた。 ほんの一瞬覗くのは、普段の雰囲気が違う、 悲壮と嘆きの感情の入れ混じった、複雑なそれ。 子供でありながら、レキウスはエルディの心境を正確に、 そして自分のことのようにわかっていた。 小麦色に陽に焼けた、エルディの左腕が茂みをそっと退けると、 一面に広まった花畑が二人の視界を埋め尽くした。 弾けるような色合いの花々を見て、レキウスは思わず感嘆の溜め息を洩らす。 奇跡の積み重ねで出来たこの場所を、守人だというのに、 レキウスは知らなかったのだ。 「この間プックを追いかけてたら偶然見つけたんだ」 「凄い…!こんな素敵な場所を見逃してたなんて…」 「レックにも教えたくてさ。喜んでもらえて良かった」 へへ、と照れて頭をかきながら、エルディは微笑んだ。 二人はその後で花畑の中央に立っている木に寄りかかりながら話をした。 守人のレキウスは草花に詳しいので、エルディはあちらこちらに指を向けながら、 あれは何?と聞いていた。 「本当にレックは物知りだよな。頭もいいし」 「そんなことはないよ。エルも凄いさ」 そうして平然とした風体で話ながらも、レキウスの胸は 動悸が中々止まらなかった。 ふとした瞬間に、髪の匂いだとか、太陽光みたいなエルディの肌の匂いが、 鼻腔をくすぐる。 至近距離ではなくても、レキウスは エルディの綺麗な蒼い目と邪気の無い笑みについつい見惚れそうになった。 もちろん、そんな事は言ったりしなかったが。 No.29 - 2007/01/19(Fri) 20:31:04 ********* すから始まる物語 全てはこの為、マナの大樹を生み出す為、世界を再生させる為。 犠牲となった者達もたくさんいたのだけれど、 死ぬ思いで生き残り、美しい世界を見た者もたくさんいた。 ただ、エルディは自身の胸に、ひっそりと秘密を抱いたまま。 そこは、真っ白な世界だった。 地面も、空も、匂いも、風も、音も、なにもない。 静まり返った世界の中で、男は眠っていた。 いや、眠っていたようだった。 海に捨てた弟に止めを刺され、彼は死んだ。 狂気に包まれ、悪意につつまれ、一人、死んだ。 死後天国へ行く、という考えを彼は持たなかった。 だから、男は一瞬たりともここが「天国」なのだろうか、と 思ったりもしなかった。 全部が白で埋められた空間で、男は目を開ける。 誰か、自分の知っている人間に呼ばれた気がした。 そうして暫く目を開けていると、自分の頬を優しく、 弱く、誰かが撫でていた。 まだ幼い、大人になりきれない手。 世界を恐怖に陥れた自分が恨まれる事位、 ストラウドは了承している。 王が君臨すれば、そういうものだ。 けれども、この手の持ち主は、とてもこんな優しい好意を 自分に持ってなどいないはずだった。 「どうしてここに来た?」 「一人じゃ寂しいだろうな、と思ったから」 エルディは紺碧の目をそっと開いてストラウドを見た。 一寸の曇りもない、美しい青が、白に映える。 普通よりは体温が低いストラウドの頬を、 エルディは何度も、何度も、撫でた。 そうして暫く経ち、彼はそっと自分が憎悪する相手をじっと見つめ、 薄く笑う。 「冷たい」 悲しみと愛しさに染められた笑みを見つめながら、 ストラウドはゆっくりと沈んでいった。 これで、最後の、休息は終わる。 二度と覚めることのない眠りにつく直前、 唇にエルディのそれが重なった。 No.31 - 2007/01/20(Sat) 06:01:25 ********* せから始まる物語 世界を救う、ということは、赤の他人が考える量よりは遥かに重く、 辛い役目だと、エルディは知っていた。 けれど、実際に体験するのと、 架空のものとして想像するものとの差は激しく、 吐き気を催すほど強烈だった。 ジャド城で唯一大破を免れたテラスで、エルディはじっと黙りこくり、 石像の様に動くのを沈めていた。 視線の先には月明かりを水面に移した優雅な造りの噴水がある。 水の中にひっそりと佇む月に、ぶれ動く様を、何をするわけでもなく、 エルディの指が触れた。 触れた先から水面全体に波紋が広がっていき、 やがて水面に移った月は粉々に砕けた。 それはまるで、今のエルディの心の様子に酷似している。 胸を占めるのは、友の死への絶望と、希望を捨ててはならない、という 微々たる遺志だった。 両者は絶えず対立し、お互いを攻撃しあい、その戦いの余波によって、 エルディは殆ど空ろな者となっていた。 これから、一体何を信じれば良いのだろうか? 大抵、無意識の内にそのことを考えては、思考を停止する。 友は己が殺し、故郷は闇に呑まれ、世界はゆっくりと その長い寿命を止めようと、死の病に冒されている。 世界全体の絶望で黒く塗りつぶされたのはきっと、 ずっと昔エルディにもあった、あの澄み切った眼なのだ。 そっと噴水に凭れかかったエルディの目からは、 仲間達を勇気付けたあの光が消え失せ、そこには虚と悲しみ、 世界への憤怒がとぐろを巻いている。 もちろん、邪精霊タナトスに支配などされることはない。 心の奥底のもっと深くでは、エルディはいつだって 希望を持っていたのだから。 ただ、あまりに突然の別れと、自身の罪を同時に背負いすぎて、 混乱をし始めていた。 己が信ずる者、己の信ずる道、皆が望んだ、英雄の存在。 ふと気がつくと、 エルディは右の目尻から涙が流れた痕跡があることに気付いた。 活発で落ち着きのないエルディも、 本来は気弱で、傷つき易い少年であったのだ。 それを、当の本人であるエルディでさえ忘れてしまっていた。 噴水から流れる湧き水でエルディは顔を洗い、 水鏡に映った亡霊そのものの顔を無理やり顰めさせた。 まだ、弱音を吐きたくはない。 まだ、弱音など吐いてはいけないのだ。 噴水から顔を上げるとき、光を取り戻した青い目から、 再び一粒の涙がほろりと水の中に落ちていった。 No.32 - 2007/01/24(Wed) 22:26:32 ********* そから始まる物語 相当な甘党だとは知っていた。 知っていた、というのと、理解していた、というのは、 大分差があるものなのだ。それは分かる。 レキウスは目前でもぐもぐと菓子類を口に放り込む エルディを呆然と眺めていた。 「はぐ、あむ、ん、」 「焦らなくても良いんだよ、エル。  喉に詰まったら大変じゃないか」 「でもさ、食べだすと止められないんだ。美味しいし」 ごくり、と大量のビスケットを飲み込み、 満面の笑顔でチョコに手を伸ばしたエルディ。 食べるお菓子の種類も凄いのだけれど、 その量もとんでもない。 流石、自他共にイルージャ一の甘味マニアだ。 「んー!これは美味しい!」 「よく体重増えないな…」 「食べたぶんはちゃんと運動してるよ」 ぱっくんチョコを一齧りしてその甘さを確かめながら、 再度エルディは菓子類に手を伸ばした。 その頬に、手に、顔に、お菓子の破片やらがついている。 静かに溜め息をつきながら、レキウスはその顔を ナプキンで綺麗にしてやった。 ありがとう、とお礼を言いながら エルディはケーキを口に放り込んだ。 それを見たレキウスは、少しばかり胸焼けを感じた。 (う…本当にエルはよくこれだけ食べられるなあ…) ****** 1時間ほど経ち、二人は紅茶を飲んで一息ついた。 勿論、レキウスはさほど食べてなどいない。 殆どエルディが一人で茶菓子やらチョコやら食べていた。 つまり、テーブル上の菓子類の半分ほどは、 エルディのお腹の中に収まっている訳だ。 「レックももっと食べて良いのに」 「遠慮しておくよ、虫歯になりたくないし」 心底うんざり、という表情でレキウスはまた溜め息をつく。 不思議そうに首を傾げ、エルディは紅茶をまた一口飲んだ。 No.33 - 2007/01/26(Fri) 21:05:04 ********* エルディ君とストラウドさん (エルディの日記より一部抜粋) ○月×日 今日はストラウドが チャンレンジアリーナへやってきました。 面白そうだから戦い方を見せて欲しいらしいです。 俺は仕方がないのでいつも通りでかけました。 今日の相棒はワンセグとりゅうとレアでした。 もちろん、皆と俺は仲良しです。 でも、ストラウドは ワンセグとりゅうが苦手なようです。 第一回戦では楽勝でした。ワンセグが一番良くビームを 使って助けてくれました。ありがとう! でも、途中ビームがストラウドの頭を掠っていた。 危ないから気をつけてくれよ、ワンセグ。 第二回戦からはレックも応援に来ました。 何故だか知らないけど、今回は矢が敵に刺さっていて、 それでとても簡単に勝てました。 客席の方ではレックが必死に何かを弾いていました。 ストラウドの頭に矢が一本刺さりそうになったので、 りゅうに頼んで止めてもらいました。空中ダイブで。 失敗して誰かの頭に足が直撃した音がしました。 レックがストラウドを哀れみの目で見ていました。 今日のレアは少し魔法の的が外れ、 ストラウドの首元に氷の塊が飛んでいました。 危ないから気をつけてくれよ、レア。 今日の分の戦闘が終わった後、レックがチョコをくれた。 闘った後、ワンセグ達とで分けて食べた。 レックは相変わらずワンセグ達が苦手なようでした。 ストラウドは観客席で氷漬けになっていた。変なの。 今日の日記はこれでおしまい。 あー、楽しかった。ストラウドは大丈夫かな。 レックの日記 ○月×日 今日はとても楽しかったねエル。また明日も遊ぼうね。 第二回戦のときはね、ちょっと手が滑って、 弓矢がストラウドさんの頭に刺さったんだ。 りゅうに蹴られたけど、大丈夫だったみたいだよ。 冥王は伊達じゃないみたいだ。 最近りゅうとワンセグ、レアの事が面白く見えるように なってきたよ。 明日一緒にりゅうの背中に乗ってみないかい? きっと楽しいし。 ストラウドさんはあの後暫く寝ていたよ。 ちょっと心配だから、明日お見舞いに行こうよ。 勿論お菓子も持って行くから、きっとだよ、エル。 明日晴れるといいね。 ※りゅう=エンシェントドラゴン  ワンセグ=タナトスゲイザー  レア=レアゴブリンロード 全て実在する我が家のエルディのペットです。最強。 No.39 - 2007/01/29(Mon) 22:10:23 *********