姿が見えない いつからあんたの背中を追わなくなったのか、分からないけれど、 一体俺はいつからあんたの姿を見なくなったんだろうか。 思い出しても、頭を捻っても、 今と同じようにつかず離れずの距離にいる自分しか思い出せない。 それだけ、俺とあんたは同じ道を歩んできた。 勿論年数における長さじゃない。 心で感じる時間の長さで言えば、道を歩み始めてから、 ほとんど一生分を俺たちは歩んできた。 それだというのに。 俺たちがタッグを組んでからいろんなことがあった。 手を組もう、パートナーとして信頼の約束を交わそう、 にこにこ笑いながら俺が言ったのを、 二つ返事であんたが受け入れてくれたこと。 一回任務でしくじったとき、ひどく叱られ、 俺がそれに乗って喧嘩になって踏んだり蹴ったりの事態になったこと。 左手の薬指に指輪を嵌めろと言われた時、 その辺の知識については疎かったから何も考えずにつけ、 後でそのことを聞いて驚いたこともあった。 なのに、今、俺はあんたの姿が見えない、と思っている。 あんたの姿、つまりあんたの本心はいつも霞んではいたけれど、 俺にはちゃんと見えていた。 それが突然、霧に紛れてふっと見えなくなった。 誰にも言いたくない、知られたくないことは誰にだってある。 だから俺も無理にその真意を聞こうとはしなかったし、 あんただって今は言えない、と一言以外は何も俺に言わなかった。 それでも不安になるのは、あんたより少し歳の若い俺じゃ、 まだまだ頼れない所があると知っているからだ。 実戦経験も満足になければ、人生経験もなく、 ただ自分の信条と持っている知識で乗り越えようとする俺の姿勢は、 他人からは無謀に見えることもある。 それに比べて、あんたは何もかも知っているような顔をしているし、 実際俺よりも遥かに多くのことを知っていて、何度も俺に教えてくれる。 それを知った上で、出来ればその力になりたい、 と思ってこの五年間をすごして来た。 だけど、逆に、 あんたを不安にさせるものだったのかもしれない。 世の中は無常で、何もかも変わっていく中、 一つくらい変わらないものをあんたは欲していたのかもしれなかった。 いつも隣にいた俺が、昔の俺みたいに 多くの分野に無知で無邪気で、何の考えもなく突っ込んでいくのではなく、 年数を経る毎に徐々に成長していくのを、 あんたはどんな風に見ていたんだろう。 「ヴァン」 そんな風にぐるぐると考えを巡らせていたら、 わしわしと頭をかき混ぜられた。 心眼を常時発動している証拠の 薄明るい緑色の目がこちらを覗き込んでいる。 左手の薬指に嵌めた指輪がぶるりと震えるのを感じ、 こちらを向いているその目が怯えているのを知った。 (この指輪はペアであるもう一つを嵌めている相手の心情や 体調に合わせて反応を示すものだった。) 「何でもないから、大丈夫だ」 「ならいいんだがな」 「本当に大丈夫だから」 むしろ、俺はあんたの心配をしているんだけどな。 身体に負担をかけないように立ち上がりながら、 ぽつりと心中で呟くと、もう一つの指輪がぽっと光った。 ********* ぐだぐだと考えるヴァン。 指輪は趣味です。(断言) No.233 - 2008/07/13(Sun) 03:22:58 ********* 恐れを抱かせる緋色 ぼたぼたと、それは地面に垂れ、 砂塵の中に赤黒い染みが一つ二つと増えた。 紛れもない己の血が、たった今切り捨てた影によって 増えた傷から出たものだと知って、男は短く舌打ちをした。 普段と同じように戦ったというのに、 この様ならば、男の気が緩んでいた証拠だった。 「雑魚だと思って油断したのが悪かった、か」 切ったのは恐らく、右の眉の少し上だろう。 だらだらと止め処なく流れる血液が目の端に溜まり、 瞬きをする度に頬から顎へと流れていった。 自力で直せる程度とはいえ、 最早治癒の呪文を唱えるのでさえ面倒臭い。 聊か乱暴に手で血を拭い、傷が浅いことを確かめ、 男は再び剣を抜こうとして、 「ちょっと、待てって、」 「お前、な…」 青年は走り出そうとする男の前に腕を伸ばして その動きを止めると、 傷がある場所に手を当てた。 「治すのが面倒と思ってやらなかっただろ、」 「まあな」 「そのままだと痕になるのに?」 「その時治せばいい」 半ば強引に手当てを進める手を見つめながら、 男は切り捨てた影に目をやり、それから横に立つ青年に視線を戻した。 「緋色が怖いのか?」 「怖かったら今更ここにいない」 ********* 色々ぐだぐだとしてしまった。リハビリリハビリ。 実際怪我するとぬめってしてますよね、傷の表面。 No.236 - 2008/07/25(Fri) 08:22:37 ********* 暖かいのになあ 闇というのは、本当はあんなに暖かいのに、 どうしてこの人は目を逸らしてしまうのだろう。 だから俺はこの人の代わりに闇に触れ、 闇に染まった手でその顔に触れて大丈夫と囁いて行く。 (そうしたらきっといつか、 この人は一人でもちゃんと前を見て生きていけるんだ。) 普通、俺達は、光と闇と黄昏の狭間にいる。 時折“それら”が俺達の世界に入ってきて、 俺達は属性を知り、力を知り、強さを確かめる。 ああでもこの人は強さを確かめたくないんだろう。 俺達の力がどれほど呪われているかを知ってからというもの、 この人は益々、心の中に引き篭もってしまいそうになってしまった。 (…やっぱり俺じゃ無理なのかな。) (俺じゃあ、その穴を塞げないのかな。) (でも俺は、まだその手を離したくないんだ) (この人は俺にとって、失いたくない希望だったから) (でも、) (俺はこの人の、一体何になれたんだろう?) 俺は如何しようもなくてため息をつき、 広い背中にそっと両手を回して、大丈夫、 大丈夫、といつもの台詞を口にするしか出来なかった。 自分の無力さが情けなくて辛くて泣き出したくなった昔に比べて、 俺達は色々な力をつけ過ぎたのかもしれない。 強すぎる存在は、お互いを傷つけ合ってしまうという。 そろそろ、鼓動を刻むこの心臓が、 ぴたりと止まる時が近づいている。 俺がこの人の手を離す時が、 この人に前を向かせる最後の人間が消える時が、 そして“俺”という意識が消える、日付が、 (この人とは別れたくないのになあ) (情けないなあ、ここまで来て後悔するなんて) (俺はまだこんなに暖かいのになあ) (この人はまだこの暖かさを求めているのになあ) 相反する光と闇とを抱く、暖かいこの身体が、 終焉までどうか、保って欲しかった。 そしたらまだ、この人をしゃんと立てるように 俺が立ち直らせたのに。 (せめて、俺が消えるその時、) (この人の本当の目が開いてくれれば、なあ) 感覚のなくなった足がぐらぐらと揺れて、 やがて足場のない空中に身体の半分が投げ出された時、 そんなことを考えていた事を思い出して、 思わず、苦笑った。 (ああやっぱりあんたは独りの方が良いよ) (その方が、もっと、あんたらしいよ) 終わりの無い落下を身体に受けながら、 俺は出来る限りの大声で笑った。 ああ、俺も遂に終わってしまうのか、悲しいなあ、 けれど、これでやっと俺も眠れるのだから! またあいつに怒られるかな、 そしたらごめんと謝っておこうかな、 ああ、本当に、生きるってすばらしかった! ********* 十年後が増えてる気がする。これも十年後だけど。 本当は脆いのに強い人を支える人は大変そうだ。 No.242 - 2008/08/19(Tue) 21:49:58 ********* ヴァン いつもいつも何か面白いことがないかなあ、 そんなことを思ってた頃があった。 今は平凡な日常が一番じゃないかな、と思っている。 時々俺たちに降りかかる非日常な物事を 少し楽しみにしてしまう癖は、 多分これからずっと、変わることはないけど。 「もっと遠くにいけたら良いのに」が、 「もっと近くにいられたら良いのに」になって、 「もっと長く一緒にいよう、」にまとまり始めて。 俺はあの頃から、身体だけじゃなくて 心の方も少しずつ成長してきている訳だ。 何かしら変化があって、その変化が、 俺自身を(そのどこかしらかは分からないけれど、) 成長させてくれる。 五年前まで、それが楽しくて仕方なかった。 今は、俺自身でなく、 別の誰かに起こるだろう変化を、俺は待ち望んでいる。 それが何時起こるのか、とか、 変化した後はどんな人になるだろうか、 ということはあまり気にしていない。 要は、「その人が変わってくれること」が楽しみなだけだ。 五年前、どうにもならない運命があることを知った。 二年前、俺達にもいつか終わりが訪れるのを知った。 一年前、人には不相応、相応な力があることを知った。 そして今、俺は、 「ヴァン?」 「あ……俺、もしかして寝てた?」 「おいおい、まだ大丈夫だろうな」 「大丈夫に決まってるって!」 凭れ掛かっていた座席から背中を離し、 目の前のテーブルに広げられた地図にもう一度集中する。 悪天候が予想される明日、俺たちはこれを頼りに進むことを、 ついさっき決めたばかりだった。 おまけに、地図を一々見るわけにもいかないから、 丸々暗記するしかない。 「今回は流石に二人だけだと辛いな」 「仲間増やせば良いのに」 「これ以上の面倒はごめんだ」 先ほど見た夢の内容を思い出す暇なしに、 俺は地形だとか高低差だとか道順だとか… 作戦に必要な情報を素早く暗記していった。 失ったものは大きくても、まだ俺達は生きていた。 仕方ないから前に進んだ。 前に進むしかないからだ。 物語から抜け落ちる番が、そろそろ俺達にも回ってくる。 それでも、前に。 少しでも、前に。 俺達にできるだけの、精一杯の前進をしなくては。 ********* 俺はこの人を一体どうしたいんだろう…。 やたらと明るくて爽快でアホなイメージがある。 おっともうこんな時間。 No.247 - 2008/08/24(Sun) 20:42:27 ********* バルフレア 自分のやってきたことは間違っていたのか。 判断は正しかった筈だった、何処かが… 何処か自分の把握できていなかった部分で 問題が起こったのだろう。 目の前で広がった朱色に視界が染め上げられ、 思考は純白に戻されてしまう。 傍らにいた存在がこの一瞬で命を絶ってしまうなど、 絶対にありえない、はずだった。 「   」 声が変に震えて言葉が出ない。 頭はとっくのとうに思考を止めていた。 どうすればいい?どうすれば最良だ? 考えろ、考えろ! 焦りを隠し切れない、 驚愕しきった自分の顔が刃に反射して見えた。 「バルフレア、」 まずい。 確実に、まずい。 「しっかりしてくれよ、バルフレア!」 「…ッ!」 地面に真っ直ぐ突き立てた細身の剣を支えに起き上がり、 こちらに向かって苦笑しているヴァンを見て我に返った。 肩からざっくりと派手に流血しているものの、 傷は浅いらしい。 いてて、と間の抜けた声に俺は安堵した。 空気が読めないからこそ、俺はこいつに何度も救われている。 「俺、このくらいの傷でくたばったりしないのに」 「知ってる」 「あんたでも油断するんだな」 「うるせえよ」 傷が痛むのか、少し片目を歪めて笑い声をあげるヴァンの横顔に、 二度目のため息が漏れた。 ********* ガードが硬い代わり、ガード崩れたら脆そうだ。 あたふたしてるところをヴァンに笑われて、 イラッとするけれども強く言えない、そんなバルフレア。 ヘタレですね。 No.252 - 2008/09/17(Wed) 23:07:13 *********