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顔を上げ、ぐるぐると右腕を少し回した。
論文を長いこと書いていて凝り固まってしまったようだ。
いつの間にか枯れてしまった薔薇を手に取る。
萎れてしまった花は、私の手に寄り添うように項垂れた。
色褪せてしまった紅色の花弁が数枚零れ落ちる。
昨晩この花のように私に凭れかかってきたあの男は、今頃何をやっているのだろう。
どうにかして彼に訊ねてみたいのだが、生憎私は彼の連絡先を一つも知らない。
不思議なことだ。随分と一緒にいるのに、私と彼の接点はまだ少ないのだから。
仕方ない。諦めよう。
どうせ近い内、彼の方から私の元へ、いつものようにやってくるに違いない。
その時に問い質せば良いことだ。
私は昨日彼が贈ってくれた薔薇に、そっと口付けてみた。
鼻腔に広がる甘い香りと、つるつるとした花弁の感触。
「あいしてるよ」
意味もなくそう呟きながら、薔薇を優しく机の上に置いた。
もう間もなく綺麗な形を崩してしまう花は、まるで私のようだと思う。
彼に会いたいと思う間、私はいつもどこかが空っぽになっているから。
何時になれば彼は来るのだろう。
ぼんやりと窓の外を見やり、私は再び書類を書き始めた。
私の名前はアイラブユー
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セックスの後、穏やかに眠る彼の上で薔薇の花弁を散らす。
何も纏っていない彼に花弁が零れる様はとても魅力的だった。
色とりどりの花弁があればもっと美しいだろう。
素晴らしい発想を思いついた私は、早速彼に贈るつもりだった花束を持ってきた。
そして、彼を起こさないようにそっと花弁を撒いてみる。
花の欠片たちが、ぱらぱらと軽い音を立てて降り積もった。
やはり彼には花がとてもよく似合う。
幻想的な光景をずっと眺めていたところ、彼が小さく呻く。
どうやら、やっと眠りから覚めたようだ。
「…デスコール?」
ぱちり、と小さな瞬きをして、彼は私を見上げる。
上半身を起こした彼は、そこで自身の上に散らばっている花弁に気付いた。
胸元に散らばっていた数枚がシーツに落ちる。
少し勿体ないな、と思いながら彼をそっと抱きしめた。
「君…私の体でなにしてたんだい…」
寝ている間に好き勝手されたことが気に食わないらしく、彼は俯いた。
一度彼が機嫌を損ねてしまうと、直すのに手間がかかる。
すぐにその体から花弁を除けてやり、彼の寝ているベッドへと潜りこむ。
「ただの好奇心さ、エルシャール」
額に口付けてやると、彼は目を細めて微笑んだ。
一番幸せだと感じるのはこういう時だと私は常々思う。
「…おやすみ、よい夢を」
明日はどうやって彼と過ごそうか。
貴方の名前はアイヘイトユー
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私の名前はアイラブユー
貴方の名前はアイヘイトユー
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