ぼんやりと明かりの点いた、暗く、互いの顔もよく分からない不思議な空間に私はいた。 何故こんな場所にいるのだろう。私はどうして、こんなにも切なく悲しげな顔をしたのだろう。 あまりにも記憶があやふやで…少し前のことが、何も思い出せない。


「さあ、踊ろう、エルシャール」

誰かが私の耳元に囁く。私はそこで、自分が奇妙な仮面を着けていることに気づいた。 シルクハットも被っていない。自ら脱いだのだろうか。ああ、何も思い出せない。
私の手を愛しげに握り、目前の男は常にその顔を覆っているあの白い仮面を脱いだ。 けれど、私には彼の素顔など見えない。なぜ?
視界がぼやけている、目が回りそうだ、

「…やめて。止めてくれ、怖いんだ」
「怖い?何が怖いんだ」
「きみの顔が、見えなくて」

男は私の仮面の目元に口づけ、ゆっくりとワルツを踊り始めた。 不明瞭な視界で、暗闇に怯えながら私はどうにか彼に合わせて踊る。 ふらふらとする私を抱きしめ、彼は微笑む。

「今私はとても幸せだ。その恐怖すら食べてしまいそうだよ」
「頭が、はっきりしないんだ。もしかして…君は、わたしの心も、食べた…のかい?」
「いや。エルシャール、お前の心は綺麗で愛しいものだ。とても食べられない」

愛していると言ってごらん。彼は私の耳元で悪魔のように囁いた。 幸せを感じる為に。
もう私に真っ当な思考など残っておらず、私は、彼の導くまま頷く。
まるで恋情に陶酔するかのように、意識が朦朧としていた。

「愛しているよ、愛している…とても」
「私もだよ、エルシャール。もっと言ってくれないか」
「あいしてる、」

暗い靄に包まれた視界の中で、笑っている彼の口元が見えて、私はなぜか安堵した。
どこで私達は踊っているのか、どうして私は彼をとても愛しいと感じるのか、そんなことはどうでもいい。 確かに私は、彼は、これ以上ない幸せの中でワルツを踊っているのだから。

「…実に残念だ。薬の量を増やせば良かった。もっと長い間従順になっただろうに」

彼は私の仮面を取り外し、もはやその言葉すら理解できなくなった私を押し倒した。
乾いた音を立て、彼の手から転がり落ちた仮面が視界を過ぎていく。
衣服を滑り落ちる手に歓喜すら覚えるほど、彼が愛しい。
これは彼の作り出したものではない感情だと、私は目を閉じて知った。

BGM:L.ibera 「S.acris S.olemnis(聖なる儀式)」
映画「落.下の王国」にて、同曲の別アーティストのものを聞き、初めて聞いて一聞き惚れ。
「真っ暗闇の中で、堕落した快楽を享受して踊る二人」のイメージ。

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