■ ■
何故だろう。何故、こんなことになってしまったのだろう。
私はただ、震える手を誤魔化すように握り締め、唇を噛んだ。
あの日からずっと、体の奥に何かを埋め込まれたような気がしている。
私が初めて男というものを体で知った時のことを、実はあまりよく覚えていない。
ただ、あまりにも衝撃的で、絶望に満ちたものだったことだけは覚えている。
あの男の見えるはずも無い目が、獣じみた目が、私を射抜いていた。
「エルシャール…」
狂ったようにお互いを求め合って、私はどことも分からない場所で犯され、喘いだ。
理性も、思考でさえも簡単に崩れ去る熱と快楽がこの体を包んでいた。
「ぁ、……あ…」
あれは本当に私だったのだろうか。本能に従うまま、男と交わったのが、私?
行為の快楽に飛んでしまった意識を取り戻した私の体は、至って綺麗だった。
脱がされた衣服はすべて元通りになっていて、帽子も被っている。
すべて夢の中の出来事だったのかと安堵した時、ずきり、と繋がっていた場所が痛み、絶句した。
混乱する私を他所に、現実はとても残酷だったのだ。
やっとあの男の手から逃れて、私はようやく普段通りの生活を取り戻した。
朝早くから研究室に行き、資料を調べたり論文を書いたりする、そういう生活を。
「そうだ、ルーク。このパズルが解けるかな?」
「任せてください!ボクは先生の一番弟子ですからね」
私の一番弟子だと言い張るルークにナゾを出してやると、ルークはとても喜んでくれた。
知り合いから貰ったパズルはただ単に解くのが面白いだけではなく、見た目も美しい。
ルークはたちまち真剣になってパズルに取り組み始める。
そのときだった。
ずくん、
(…ああ…)
どこからか染み出る甘い痛みを、私はよく知っていた。あの男が私にその痛みを与え、私を変えてしまった。
疼きが再びぶり返してくるのに対して、頬が赤くなるのが分かる。
ルークに知られないよう、密かに痙攣する右手を左手で抑えた。
「…先生?」
「ちょっと出かけてくるよ、ルーク。暫く時間がかかるかもしれない」
「分かりました」
不自然な素振りは見せないように、あえてゆっくりとした足取りで研究室を出る。
ああ、ダメだ、ぶり返してきている…。
足が動かなくなる前にできるだけ遠くへ行こう、そう思って大学を後にする。
ずくん、ずくん、
足を動かし、息を整える毎に疼きの間隔が短くなっていく。
なるだけ知り合いのいない場所へ。早く一人きりになりたかった。
見知った町並みから離れ、路地裏へと入り込んだ。あと少しで自宅だ。
そのことにほっとして、歩く速度を緩めた時だった。
「レイトン」
目の前を塞がれて、目を瞬く。あの日、あの行為で嗅ぎ慣れてしまった匂い。
「デスコール…」
どうして悪いことは連続で起こるのだろう。この男にだけは、一番会いたくなかった。
矛盾しているが、この疼きを消せるのがこの男しかいないとしても。
ああ、でも、もうどうでもいい。この疼きが消せるなら。この男が一番私のことを知っている。
「…抱いてくれ」
口から出た言葉に、目を閉じた。もうどうでもいいじゃないか。
本能に従ってしまえばいい。驚いているのか、それとも呆れているのか、目の前の男は黙ったまま。
「君がいいんだ」
そっと目を開けると、男は口元に微かな笑みを浮かべていた。
「いいだろう、エルシャール」
■
愚かさを孕んだ
|