京都の花街に数多く植えられた桜がひらひら舞い、敷かれた茣蓙の上には茶菓子に銘酒。
前田慶次は扇で顔を仰ぎながら酒を煽った。
甘く後味はぴりりと辛い酒に綺麗な夜桜とくれば、やはり花見しかないだろう。
そうと決まれば、慶次はさっさと静かな場所に茣蓙を敷く。
「日は大安、くじは大吉ときたもんだ!絶好の花見になって嬉しいねえ」
「……Ah、なんで俺まで付き合わなきゃならねぇんだ?」
開放感に浸りつつ酒を飲んでいた慶次の後ろから政宗の不機嫌極まりない一声がかかった。
身なりに気を使うだけあって、美しい濃紺に染められた着物を着て腕組をしている。
女性ならば誰だって惹かれる端正な顔立ちは眉間に寄った皺で大分恐ろしい形相になった。
つい先日剣を交え、話と言える話もろくにいていない相手に「花見はどうだ」などと誘われたのが
一つの要因だろうとは直ぐ分かる。
ところが、その末恐ろしい形相も少し漂っている殺気も物ともせず、慶次は街道に植えられた桜を
見ながら呑気にまた酒を一口飲んだ。
「あ、聞いたよ。あんた、恋してんだって?」
「……は?何言って、」
「紅蓮の鬼、虎の若子―真田幸村にさ!しかも片思いときた。
独眼竜にも意外と良い面もあるじゃねえか!」
なあ、と言って慶次は意地悪気な笑みを浮かべ、政宗に一つの包みをぽんと投げた。
暫し呆気にとられていた政宗だったが、包みを受け取ると座って紐を解き始めた。
前田家の風来坊から書状とは何とも不似合いな釣り合わせだとでも思ったのだろう。
千代紙で丁寧に包み込まれていたのは艶やかな朱色に金の糸を折り合わせた一つの髪結び。
だからどうしろと言うんだ、と政宗は困惑し訝しげに慶次を睨み返す。
「京都の土産と、この間の謝礼代わりってことで幸に渡してくれよ。
最近まつ姉ちゃんが煩くて中々遊びに行けねぇから」
「Wait.何で俺が幸村に渡さなきゃいけねぇんだ。それにさっきの言葉は撤回しやがれ!」
「うひゃー、怖い怖い。折角京都名物の花見に呼んでやったのにさ」
本当は幸村とこの桜を見たかったなと思うも政宗は顔には出さず、
慶次にげんこつでも食らわそうかと袖を捲り上げた。
一方、慶次は慶次で動揺し感情を顔に表しまくっている独眼竜を楽しんでいるようにも見える。
「いいじゃんいいじゃん!幸村に恋して」
「だーっ!SHUT UP!それ以上話すんじゃねえ!」
政宗がぜえぜえ肩で息をしながら精一杯声を上げて慶次の声を遮った。
通行人などいないので聞かれる心配はないのだが、男の沽券としては叫ばずには居れない。
とりあえず酒でも飲みなよ、と慶次が朱塗りの杯を政宗に差し出した時、
ばっと桜吹雪が二人の間に吹き抜ける。
漆黒色に塗り潰された夜空をそっと見上げ、慶次は自身の杯を空にして、
いいねえ、青春してるねえと呟いた。
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