「幸村、お前随分と変わったな」 そう言われても己自身に覚えの無い言葉であったから、幸村は訝しげに首を傾けた。 戦場に生き、紅蓮の炎と共に戯れ、 それが日常であったあの頃と、何が違うだろうか。 細い体躯に似合わぬ朱塗りの二槍が、 平和の為の政治に変わっただけ。と幸村は思っていた。 そもそも乱世ではこういう長閑な日常は送れまい。 天下は独眼竜の物となり、幸村が二槍を手にすることも滅多になくなった。 目前にいる男が同盟を、と言わなければ 恐らく武田も真田もこの世にはいなかったというのに。 なんと呑気な御仁なことだ、と静かに幸村は呆れた様に目を瞬いた。 「某には某の変わった場所が見つけられませぬ」 再度、政宗の言葉に幸村は首を傾げていた。 一般人と比べて色素の薄い髪が一房、肩から垂れ落ちる。 久方の城下への散歩であるから、幸村の服装は地味な朱染めの色で纏まっていた。 やはり似合いませんでしたか?と城を出る前に 幸村はしきりに政宗にそれを訪ねていたのもその所為であろう。 いやそんなことはねぇよ、と政宗はいつもの調子でそれに答え、 帰りには右手に老舗の茶菓子を抱えている。 新しい茶菓子が出たと幸村がとても楽しそうに部下の佐助に話したのが、 ちゃっかりと政宗の耳にも届いていたのだ。 「Sorry、俺にも分からねぇ」 「……は?」 「ただ変わったってことだけは分かる」 「それならばそう言ってくだされ、政宗殿」 あまり無駄な事に頭を使いたくありませぬ故、 某にそのような難解な言葉を投げかけるのは止めてくだされ。 半分怒り、半分呆れつつ幸村は政宗に対しての溜め息を一つ吐いて、 再び夕暮れの道並みを歩み始めた。 昔から政治方面には若干疎かった、 というハンデを埋め合わせようと必死な幸村のことを政宗は知っている。 けれども決して自分の我が侭に首を横に振ったりはせず、 傍にいろと言われれば一日中床に着くまでいることもあった。 その、お人好しであまり武将には向いていない性格のお陰で、 幸村は子供達に人気らしい。 面倒見の良いお兄さん、といったところなのだろう。 天下統一が成されるより前、 武田信玄への忠誠に向けられていた瞳は今はくっきりと政宗を映している。 流行病で天下統一前に死去した信玄公の葬儀でも、 その強い意志を秘めた瞳は揺らぐ事はなかった。 いつだったかは思い出せないが、あの時、あの場所で 幸村は他の誰でもない政宗に忠誠を誓う、とそっと囁いた。 ああそういうことか、こいつも変わったが俺も変わったか。 「幸、お前は前よりも俺を見てくれるようになった。きっとそこが変わった」 「左様でござるか」 「おう」 「……政宗殿も昔よりは温厚になっておられる」 「なら、お互い様だな」 城下町の家々を眺めながら政宗が静かに笑った。 幸村もその隣で同じようにゆるりと口元に弧を浮かべる。 ああ、これで破廉恥だとか、 二槍を振り回すだとかしなければ、充分俺は満足なのに。 夕日に照らされた己の肩をちら、と見ながら、 政宗は先を歩いている幸村の背中に対して苦笑った。

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