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いつから擦れ違っていたか分からないほど戦に心を駆り立てられ、 こうして合間見える瞬間にまた感嘆を漏らして武器を握る。 呼吸し振動している肺と心臓はまだ痛くはない程度に揺れる。まだ走り続けていられる。 まだ、まだ戦果を上げて故郷に帰られると。 最大限奥州の為に尽くしてきた政宗は、恋愛沙汰だとか、友情だとかそういったものは 不要だと自分言い聞かせて生きてきた。 だから戦場以外で幸村の凛とした瞳を前にすると、一体どうしたらいいのか、友人らしい 友人など今まで持ったことも持とうとしたこともなかった彼には分からなくなってしまうのだ。 所以に武田の使者として奥州を訪れた幸村をどうやって喜ばせようかと政宗は昨日大分悩んだ。 幼き頃から戦場を駆け巡り、(破廉恥!と言うほどに恋愛には疎くなったが) 大切に育てられてきた武家の子故に、幸村の喜ぶような物が思いつかない。 迷い抜いた末に、幸村自身に何かしてほしいことはあるか、と直に聞けば、 お手合わせ願いたい、と素直に返され。 唐突な手合わせだったが、幸村は鍛錬用の軽い槍と赤い鉢巻を頭に巻いて、 戦場のあの姿で政宗に向き合おり、 政宗もまた、両手に一本ずつ木刀を手にして縁側から庭に降りた。 自由自在に二槍を操る一武将である幸村の腕力は、 それが例え鍛錬用の槍であったとしても強力な一撃を繰り出す。 六刀流の使い手である政宗も同様であり、木刀と槍はぶつかる度に、かん、と 甲高い衝突音を上げては少しばかりの衝動をあたりにもたらした。 当然ながら本気で戦いはしないものの、戦場で戦っているような感覚に陥ることで 何故だか無性に嬉しくなり、互いの切っ先をぶつけながら二人は自然と笑っていた。 15回程互いの武器をぶつけると、は、と幸村は口を覆いつつ荒々しく呼吸して真正面から 恐れることなく政宗の隻眼を見つめなおした。 朝方の霧の中に居て冷え切った身体を震わし、赤い鉢巻を閉めなおして幸村はまた笑う。 思い返せば奥州を訪れてからの三日間、何故か、いつだって幸村は政宗に笑っていた。 毎回毎回微笑まれるたび、政宗にとってどこか歯痒く思えて仕方がなかった。 なんでそんなに敵将に笑いかけられんだ、とか、間抜け面をしてんじゃねえ、 だとか言いたい事はたくさんあるがどれ一つだって言えた試しがないのだ。 だから喉元を通り過ごして行った言葉の代わりに情けない笑みを浮かべて、 疲れたぜ、としか言えない。 恐らく幸村とて政宗の言いたかった事は予想できるのに、目をぱちぱちと瞬いて、 はい、と返しているに過ぎないのかもしれなかった。 遠未来を見据えた真っ直ぐな色素の薄い瞳が、また微笑で、すっと細められる。 ぶっきら棒な独眼竜に、今日もまた、幸村は笑いかける。 頭の端でカラスがあほう、と自分を嘲笑っている気がして、政宗は軽く自分の頭を小突いた。 (ほらみろ、お前はもうそいつに恋をしているじゃあないかとカラスは笑った)