篝火の小さな火炎は夜空の果てに向かって真っ直ぐに燃えていた。 幸村の居る屋敷の辺りにも冷風が吹き荒び、 見張りの者意外は外に出てはいない。 それだけ、今夜の冷え込みは強い。部屋の中にまで冷気が入り込む。 北の方にある奥州にとって、 冬という季節は他方の者には最大の汚点であった。 行軍するにも生活するにも、不便極まりない季節だ。 遠くに聳える山々の木々の擦れ合い、 ざわめく音が一層激しくなった。 北風は幸村の寝ている部屋にも入り込んで、肌をちくりと刺す程冷たい。 その冷たさに、 幸村に一欠けら残っていた夢心地の心地良さも吹き飛んでいく。 (今日は一段と冷える……) 幸村はそう思いながら、寒い鼻頭を手で擦る。 耳も冷えるが、鼻の方が寒さに弱い。 ひゅ、と時折聞こえる北風が一層寒さを呼び起こす。 (どうして某は起きてしまったのか…) 奥州と比べれば比較的南部の人間である幸村は あまりこの寒い夜には慣れてはいない。 けれど幸村の隣で眠っている政宗は奥州の人間だからか、 心地良い眠りに今は意識を擡げていた。 その寝顔すら今の幸村にとっては恨めしく、 その丹精な目元を思いっきり睨み付ける。 鼻を摘まんでやろうか、 と一瞬心の隅に芽生えた殺意を抑えて、そっと息を吐く。 吐息は少しばかり白くなってから空中に溶け込んだ。 (ああ、早く寝てしまおう! こんな寒い夜など早く去れば良いのに) くしゃみを一つ、 小さくして、もう一度政宗の寝顔を覗き見る。 寒くないのか、それとも寒さを感じない程熟睡しているのか、 とても暖かい場所に寝ているような顔だ。 幸村は観念したように起こしていた半身を再び寝床の中に横たえた。 朝はまだ遥か遠くにある。 同じ布団で寝ている政宗の肩に鼻を擦りつけ、 寒々しい身体を丸めて幸村は目を瞑った。 冬独特の匂いに似た、あの煙臭さが布団からしている。 そして、政宗の来ている服からも、それと似ている香りがしていた。 冷たい頬に、人肌の温もりが心地良い。 (きっと明日になればまた暖かくなる) ぴくりと政宗が身構えたように腕を動かす。 寝惚けているのか、小さく唸った。 存外幼い声で唸ったので、 思わず幸村はほんの少しだけ笑いそうになった。 政宗が起きていたならば機嫌を悪くしてしまうが、 今その政宗は眠りの中に意識がある。 遠く、とても遠い場所で 風が名残惜しげに吹いているのが幸村に聞こえてくる。 その風は、最初吹いていた北風よりも優しげだ。 見張りの者の傍にある篝火が ほんのちょっとだけ動いてしまう程度の、とても微弱な。

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