「旦那、そりゃ恋だよ」 「いや、これは恋ではないだろう。むしろ、」 お互いへの執着と言った方がしっくりくる。 独眼竜と対峙し、その隻眼をあんなにも間近で見入った時、 背筋を氷がなぞる感覚がした。 深い黒々としたあの目の中に、 独眼竜と呼ばれる人の恐れやら心の震えやらが己の内に入ってきたように思った。 そして、同時に、 ああこの者が独眼竜なのだ、と改めて我が身の嬉しさを噛み締めていた。 あのような黒を生まれてから十七年、 この瞳に初めて映して、その黒がまだ残像のように虚空に浮かび上がる。 戦場で対峙してから暫くが経つが、 あの時のあの剣筋は脳裏から離れずにくっきりと残像を頭に残している。 縁側に座り、長閑な休日を過ごしていた俺は佐助にそのことを話したのだが、 佐助は驚いたような顔をした。 あらま、旦那ってば、それは……と歯切れの悪い言葉の後、佐助はそういうように言った。 「まあ旦那がそう思うなら、俺はなんにも言わないけどさ」 「……ともかく、独眼竜というのは嘘ではなかった。あの人の目はまさに竜の目そのもの」 けれどじっとその目を見つめていたいと心の端で思う己がいたのだ、あの場所で、あの時に。 過去大勢の武将を相手にしてきたが、 あれほどまでの力を持つ者はそうそういないだろう、とぼんやり回想に耽った。 ぎりぎりと二槍を押し退けんとばかりに籠められた腕力、 あの黒々とした不思議な目、どれもが惹かれてしまう。 幼い頃から戦場に生き、戦場で生き残ることだけを知っていた、 だからこれは恋とか愛とかそういうものではない。 大体男である俺が何が嬉しくて同性である独眼竜殿に恋焦がれなくてはならないのだ。 「確かに竜の旦那は強いけどねぇ、そこまで惹かれる理由はなんなのよ」 「いや…それが…某にも分からぬ」 「はぁ」 「ただな、惹かれてしまうのだ。深い黒の、あの目に」 再度死に物狂いで戦いたいのだ、あの独眼竜と呼ばれる男と。 お互いの命を奪おうとばかりに戦いつくしたい、と。 ただそれだけだというのに、己の心はその内に延々と不安を渦巻かせる。 こういう時は鍛錬でもした方がいいかもしれない。 腰を浮かせ傍らに置いてあった槍を取ろうとした俺に 佐助は先程と同じような言葉をぽつりともらした。 「やっぱり旦那、竜に恋してるんじゃない?」 「……は?」 ぐらりと目眩が襲った。

ブラウザバックでお戻り下さい。