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己の中の何かが枯れてしまった、そんな気がする。 植物が水を得られなければ萎れてしまうことと同じように、 自分の気持ちも萎れてしまった。 「何か」が自分の中から逃げていかないように、 じっと壁に身を寄り添って静かに自分の孤独を知った。 ただずっと自分自身に耳を澄ませて心臓の鼓動に秘められた鍵を見つけていくだけだ。 壁に寄り添い、ひっそりと萎れるのを遅らせることしかせずに、 じっと時刻が過ぎていくのを体に刻み付ける。 「何をしている」 「……とくになにも」 「……」 雨音が聞こえる窓辺でじっと座り、黙っていたエルディを不審に思ったのか、 ストラウドは眉間に一つ皺を寄せた。 大丈夫だから心配するなよ、とエルディは右手をひらりと振り、 今度は両目をしっかり閉じて壁に身を預けた。 それを見届けた後、ストラウドは本を数冊ほど片手にしっかりと持ち、 それから二階の自分の部屋へと篭もってしまった。 まだ人の気配がすることに慣れないのだ、見た目では慣れていても、 内心は常に砂嵐の雑音でぐらぐら揺れている。 本当のところ、エルディは四年間もの間、ずっと一人でこの家に暮らしてきた所為で、 少しでも人の気配がすると安心できないのだ。 (最近はそんなにしなかったんだけどな……。…ああ、雨だからか) 雨が降り続く森の向こうには、昔暮らしていた樹の村があり、 その更なる奥地にはマナの大樹が聳えていた。 ぱたり、ぱたりと窓を叩く雨粒で冷やされたガラスにそっと指を触れさせながら、 エルディはおぼろげな大樹の姿を見つめた。 日課とも言えるが、ある程度家事が終わった後には、 いつもこうして大樹を見つめなおし、心を静めていたのだ。 「雨、か…」 エルディがいた窓際から少し離れた場所にある本棚の隅には、 幼い頃から描き続けているスケッチブックが数冊ある。 確か、今日と同じような弱い雨の日、親友であるレキウスの絵を描いたことがあった。 引越しの際に、恥ずかしいからといって本棚の隠し扉の中にしっかりと封じ込め、 なるだけ思い出さないようにしていたのだ。 いつもは滅多に見直さず、 見直す時は大抵暇潰しに使うために利用しているだけなのだけれども。 本棚に収納されていた数冊の本をテーブルの上に載せ、 少し古ぼけた昔のスケッチブックをゆっくり隠し扉から取り出す。 掠れた字でエルディと書かれたそれらは、 空気の遮断された場所で保管されていたお陰であまり損傷がなかった。 す、と眩しい思い出の詰まったスケッチブックの表紙を捲り、 エルディはテーブルに肘を立てて昔のスケッチに目を向けた。 自分自身の描いたぼやけた線と少し色褪せた色彩から作り出されたイルージャに、 思わずエルディは微笑んだ。 「その絵はお前が書いたのか」 「わ!!」 「…あまり大声を出すな」 突如として掛けられた低い声音に、エルディの身体がびくりと痙攣し、 座っていた椅子ががたごとと音を立てる。 その様子を見たストラウドがにやりと意地の悪い笑みを浮かべ、 広げられていたスケッチブックを見た。 慌ててテーブル全体に広げられていた落書きの類やノートを掻き集め、 本棚の奥へとしまったものの、もう遅い。 「ふん、つまらん」 「俺にとっては生き恥だ!」 可笑しそうに笑うストラウドに、両頬を真っ赤にして本棚を自らの身体で遮り、 エルディは精一杯反抗した。 土砂降りの日