ブラウザバックでお戻り下さい。
蜜色の月がぽっかりと浮かぶ真夜中、 エルディは唐突に夢の世界から目覚め、ぱっと目を見開いた。 いつもの彼ならば、寝台の上で毛布に包まって熟睡し、 朝が訪れるまで起きる事など滅多にないはずである。 窓から夜空を見上げてみれば、美味しそうな色をした月は夜空の中央に浮かび、 その周りには星々が様々な色で瞬いていた。 淡色の壁にかけられた時計もその夜空に相応しく、 ちょうど日付が明日になった時刻となっていた。 エルディは目覚めきらない頭をそっと枕の上に横たえ、 再び眠りにつこうと強く両目を瞑り、心臓の鼓動を聞いた。 暗い部屋の片隅にすっと入り込んでいる月光が目の裏を刺していったのか、 それでも眠くはならなかった。 月光によって全体的に青みを増した床にそっと裸足を下ろし、 ベッドから起き上がると、エルディは一人静かに溜め息をつく。 (駄目だ…眠くない) 三年前、タナトスから世界を守るために戦い、その為に友を二人、 そして唯一の肉親でさえエルディは失くした。 全てが終わって時間が経っていないころはその空しさが辛かったものの、 今は大分落ち着きを取り戻し始めたのだ。 過去の出来事が悪夢となって出てくる回数も減ったし、 きっと今なら本当ににっこりと満面の笑顔を湛えられる。 それだというのに、今夜ばかりは笑えそうにもなかった。 「……散歩してみよう」 イルージャには危険な魔物などあまりいないし、 今夜の月は思わず見とれてしまうほど綺麗だった。 寝間着を軽装に着替え、髪を結わえ、靴を履いたエルディは なるだけ音を立てぬように気をつけて家を出た。 深夜の村は昼間と違ってしん、と寝静まり、 月光の青い光は道端の白い花に綺麗なスポットライトを当てている。 春ということもあって、外気は少しばかり暖かさを伴い、 風もそこまで冷たくはない。 ふと月を見上げたエルディだったが、 暫く深呼吸をしてから村の近くにある湖へと歩んで行った。 湖畔にあった手作りの看板に靴をひっかけると、 エルディは波一つない水面にそっと足を浸し、浅い場所で立った。 昔、まだ世界が危機に瀕する前は、 レキウスと一緒に夏の夜に村を抜け出してよく湖に出かけ、 こうして水遊びをしたものだった。 今はもういない、仲良しだった友人のことを思い出しながら、 湖の浅い場所を一歩一歩歩いていく。 水面が反動でふるりと揺れ、 きらきらと月明かりを乱反射しながら波が湖全体へと広がっていった。 「エル」 一人で水と戯れていた時、 湖畔の草が人の声によって震えたように思え、エルディが耳を澄ませた時だった。 エルディは親友の呼ぶ声を聞いた気がして、 はっと目を見開き、湖畔へと振り向いた。 「レック…?」 勿論、そこには誰も居らず、ただ野草が夜に吹き荒ぶ風によって 寂しげに揺れて音を立てているだけだった。 友の幻聴を聞き、反射的にそうした自分に対して寂しげに笑った。 もうレキウスはいないのに、何を自分は期待したのか。 ほんのりと熱を持ち始めた頬にそっと水で冷やされた手を当てながら エルディは静かに自嘲の笑みを浮かべた。 ひたり、ひたり、と何かが頭の何処か痒い場所に引っかかっている気がし、 誰かが自分の手に手を重ねる。 冷たい体温が頬に触れ、それが誰のものか、その人物をいかに恨んでいたか、 エルディはやっと思い出し、顔を強張らせた。 何故ここにいるのだろうか、 彼は自分が、確かにあの時倒したはずなのに、一体どうやって。 「どうして、ここにいるんだ?」 「さあな。気づいたらここにいた、とでも言おうか」 水に足を浸したまま、エルディは背後に立っていたストラウドを振り返り、 そして少し、ここに来たことを後悔した。 敵意を持ってはいなかったけれども、 元々この男と自分は敵対者であり長いこと因縁を持っていた関係だったのだ。 不思議なことに、昔持っていたはずの憎悪の感情は一切沸き起こったりしなかったし、 むしろ会えて嬉しかった。 しかし、今ここにいるストラウドと共に自分が生きていけるか、 彼を生かしていいのかは分からない。 これから一体どうしようか躊躇うエルディを抱き寄せ、ストラウドは静かに笑った。 「ただいま」