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兵士に乱暴に扱われなかったので怪我はなかったが、 村長の家に戻ったエルディは一日中むっとして黙っていた。 気を使ってくれているのか、 村長はエルディに何があったのか訊かずに日課である花の世話をしている。 洞窟の中に造られた祠は常闇なので今一時間が分からなかったが、 いざ出てみればまだ太陽は空の中心からそう離れてはいなかった。 いつもこの時間は近所の森や平原で走り回っているので、 エルディは退屈で仕方がなく、寝台の上でごろりとまた寝返りを打つ。 日当たりの良いエルディの部屋はぽかぽかと暖かく、 寝台のすぐ隣にある出窓の飾り棚には森で採った花の植木鉢があった。 そよ風が開け放たれた窓から部屋全体を吹き抜けていく度に、 赤とオレンジが混ざった色の花びらが揺れた。 横になったまま、窓によって切り取られた青空とそこに浮かぶ雲、 そして窓辺の花をエルディはぼう、としばらく見つめた。 ともかく、今日起こった様々な出来事がエルディの頭の中でぐるぐる回転し、 互いに混ざり合い、複雑に後を残していた。 考え過ぎて気持ち悪くなりそうなほど 彼は今日起こった出来事を頭の中に整理して、何とか対処しようとしている。 近場の森でまたもや逃げ出したプックを追いかけ、やっと捕まえ、 一安心したエルディとリチアはある異変に気付いた。 並大抵の事では島に来ることの無い、外界の国であるロリマーの軍隊とその国王が、 樹の村に向かっていた。 しかし不思議なのは、豪華な戦車に乗っていた国王の顔を見て、 エルディは何故か懐かしさに似た気持ちを抱いたことだ。 昔、この島に流れ着き、それ以来今まで外界に出たことの無い エルディが何故、国王の顔に見覚えがあったのだろう。 ぼんやりと残っている、島に流れ着く前である唯一の記憶に、 似たような人物がいたような気がしたのかもしれない。 ともあれ、二人は今こそ守護聖獣の力を借りるべきだ、と 守護聖獣の眠るとされる樹の祠へと向かうことにした。 村中に配置されたロリマー兵の監視の目を掻い潜り、上手く樹の祠に入ったのは良かったものの、 祠の奥深くに眠っていたのは守護聖獣とは似ても似つかぬ蟹の化け物だった。 エルディはその右手に偶然寄生した種子の力と、道の途中で出会った フィーの協力を得て退ける事が出来た。 突如としてかばね処で襲い掛かってきたおぞましい化け物と、その化け物が言っていた「こだま」…。 余所者であるエルディは あまり大樹の伝承や精霊の御伽噺には詳しくなかったので、首を傾げることしか出来なかった。 リチアの様子が何処か変になり始めたのは、 エルディがやっとの思いで化け物を倒した時からだった。 その時、精霊のように見える少女フィーは、リチアに、剥き出しになっていた大樹の根に 触れてはならないと警告していた。 白い花の咲き乱れる場所で、八精霊の光から生まれたフィーは、 無邪気でありながらも、その警告は確信を突いていたのである。 そして、大樹に触れて倒れたリチアを心配したエルディが 彼女を抱き上げた時、二人はいつの間にかロリマー兵に囲まれていた。 樹の祠から半ば強制連行されたエルディは村長の家に押しやられ、 リチアは他の所へ連れられてしまった。 強制的に連行されてから暫く経った頃、その時初めてエルディは 自分の隣にくっついてきたフィーがいない事に気付いた。 フィーがいなかったとしても問題は無いし、今のエルディはほとほと疲れて果て、 再び樹の祠まで行く事なんて到底無理だ。 ぼふ、とエルディが一旦上げていた頭を枕の上に落ち着かせると、 すぐに睡魔がその頭の端を掴み始める。 自分の部屋の見慣れた天井を、眠りに入り、ぶれ始めた視界で捕らえると、 そのままエルディは眠ってしまった。