透き通る湖の下をぼう、と見ながら、 エルディは湖面の上にぽつんと浮かんだ小船で釣り糸を垂らしていた。 もちろん、釣れるのはそれなりに大きな魚だし、 それは今晩、彼の腹の中に入れる為の食材になるのである。 毎日同じ場所の魚ばかり食べると飽きてしまうから、 エルディが決めたここに来る回数は週に二、三度となっていた。 湖は森林の奥深くに位置しており、 辺りは小鳥のささやかな囀りと、木々がざわめく音、 そして静かに小船を叩く浪音だけで囲まれていた。 じゃれ合うようにぴいぴい騒ぎ立つ小鳥を横目に流し見ると、 エルディは適度に狭く広い小船の中に横たわった。 ぱた、ぱた、と微かに聞こえる水の流れる音を聞いて、満足気にエルディは微笑む。 それもまた、いつも通りのことである。 「あー、いい天気だな」 普段となんら変わりない、緑柱石のような木々の緑を見上げ、 上空を軽やかに飛び立つ水色の小鳥を見送ると、 エルディは起き上がった。 僅かにだが、固定していた竿が振動しているのを感じ取り、 竿の先に食いついている淡水魚の気配を知ったのだ。 すっと手際よく竿を振り上げ、 先にぶら下がる魚をこれまた手馴れた様子で木箱に入れていく。 魚は暫く限りある生命を犠牲にしてばたばたしていたが、 直ぐに大人しくなって木箱もまた静けさを取り戻した。 下手糞な鼻歌を歌いながら、エルディはオールをゆっくり漕いで 次のポイントへと船を進めた。 ペパーミントの湖面は、比較的遅く進む小船に合わせるように波が立ち、 一件柔らかいビロードが風になびくようでもあった。 気持ち良さそうに湖を進む小船が見える、古びて苔生した祠に、 ぽつりと一つ、木製の頑丈な椅子が置いてあった。 そこに座って、涼しげな顔で分厚い書物を読み漁る男がおり、 彼もまた小鳥の囀りと木々の緑を存分に楽しんでいた。 時折忘れかけた頃に、小船でのんびりと湖を見下ろしている横顔を眺め、 それから視線を再び細かく書かれた文字列へと戻している。 ボートを巧みに操っているのは彼の弟で、 今の男はエルディの家に居候している状態なのだった。 ぴい、ぴるる、と何処か安らぎを感じる音色を聞きながら、 エルディは湖畔に作られた桟橋へと小船をくくりつけ、 身軽に木箱と竿を持って祠へと向かった。 「終わったぞ、ストラウド」 「そうか」 「今日はたくさん取れたんだ」 「そうか」 事務的な返事ににっこり笑うと、エルディは木箱と竿を持ったまま、 自分の家への帰り道を歩き始めた。 本を脇にかかえ、椅子をかつぐと、 ストラウドが少し遠くなり始めた彼の後をゆっくりと追った。 二人の背後で、湖畔へくくり付けられた小船が、 風で揺れる湖水にあわせてごとごとと音を立て、 そこに降り立っていた一匹の小鳥が驚いたようにぴいぴい鳴いた。

ブラウザバックでお戻り下さい。