その日、イルージャから最も離れているロリマーのとある場所は荒れていた。 エルディは連合軍と共に世界各地を巡り、 後残すは砂の国ジャドだけとなっている。 急いてもどうせこの吹雪である。 そう簡単には動くことも出来ず、今はこうして待機していたのだ。 吹雪の白いベールを目前に、 エルディは黙々と極寒の寒さに心強い紅茶を口に含んでいた。 ゆっくりと、だが気をつけて飲まないと 猫舌の彼は直ぐに舌を火傷してしまうのである。 連合軍全体に支給されている暖かい毛皮のマントから ひょっこりとフィーが顔を出す。 「ふぶき、ぜんぜんやまないわね…」 「そうだな」 「エルはへいきなの?」 心配気にエルディを見上げたフィーに、 エルディは顔を縦にこくりとさせて大丈夫だと示した。 寒さを我慢している所為なのか、 今日の彼はいつもに比べて格段に静かで厳かな雰囲気を纏っている。 その理由は、連合軍の誰もが分からぬままだ。 古傷に触れるわけにもいかなかった。 二人は先刻タナトスを追い払った町の直ぐ近くにある、 古びた一つの砦に見張りとして座っている。 何百年もの月日を永らえた砦は、 吹きさらしの外に比べて天国とも言えるほど暖かかった。 「何だか、この吹雪に見覚えがあるんだ」 「でも、きたことはないんでしょう?」 「ああ。今までイルージャの外に出たことだってないよ」 でも、見覚えがあるんだよ、ここの冷たさがとても懐かしい。 分厚い砦の壁に遮られている筈の北風が耳元まで吹き付け、 思わずエルディは首をすくめた。 長い間使われていたのだから、 きっと何処かに空いてしまっている隙間から入ったのだろう。 「フィー、寒くないか?」 「だいじょうぶよ。こうしてくるまっていればあたたかいから」 「本当にごめんな、見張りにつき合わせちゃって」 「きにしないで、エルディ」 途中、二人のいる砦に、 エルディより四つ年上のウェンデル兵が支給された食料を持ってきてくれ、 ロリマーでは冬が最も長い季節で、今は丁度真冬の時期なのだ、と 腕を摩りながら親切に教えてくれた。 彼の本当の故郷はウェンデルではあるが、 随分前はロリマーに住んでいて、ここに来た事もあるらしい。 酷く吹き付ける吹雪の中、若くして兵士稼業をしている青年は ぼんやりと吹雪を見つめ、ぽつりとつぶやいた。 「ロリマーの民は、氷の狼が生まれ変わったものだ、 という伝承があるらしいね。 王を選ぶときもその伝承になぞらえて、 一族の中で一番強い者が王になってるのだとさ」 「極寒の地で生きる為の知恵、ってことかな」 「だろうなあ」 白濁したシチューの美味しそうな湯気を嗅ぎながら、 エルディは白い天然のベールを眺めていた。 冷えた木箱の上に座っていた青年も 豪雪の降り行く様を何処となく眠たそうな目で、しっかりと見ている。 くわり、と陽気な欠伸をして、 ぼろぼろのコートに身体を埋めた青年が、タナトスが来た時用の武器を傍に置いた。 「俺はロリマー出身じゃないけれども、 時折この吹雪のびゅうびゅう言うのがたまらなく懐かしくなるもんさ」 びゅう、と再び勢いを増した猛吹雪を何処と無く懐かしく眺めながら、 もう一度青年は大きな欠伸をする。 エルディは外周を見張る時間帯であることに気づき、 早速毛皮の外套と携帯水筒やら必要なものをバッグに詰め込んだ。 大体のものを鞄に詰め込み終えると、二人は青年に話を聞かせてもらったことのお礼をして、 外へ通じる急な階段を降りていく。 防寒用か、通常の扉よりも少し分厚く重い扉をよっこらせとどかし、 エルディとフィーは真夜中のロリマーへと出かけていった。

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