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緩やかに円弧を描きながら、川は静かに今日も流れていた。 それは、密かな祈りに似た輝きを放っていた。 人里を少し離れた場所に建ち、ひっそりと森の中であり続ける家に、 かつて英雄と謳われた男が一人で住んでいた。 何かをする為でもない。ましてや、何かから逃げるわけでもない。 そうした方が良いのだと、男の勘が言っていただけである。 エルディは早朝に立ち込める霧を掻い潜りながら、またもや森に出ていた。 元々樹の民として生きていた所為か、森にいると彼は落ち着いた。 朝露で濡れた草花をなるだけ踏まぬようにエルディは歩いた。 さらさらと野草や鈴蘭はその素足を滑らかにし、霧は息を湿らせる。 森と共に生きていた十年前に戻るように、彼は息を吐き出した。 しっとり濡れた草原の中、エルディは自身の家に戻ってきた。 一先ず玄関のポストに掛けていたタオルを手に取り、丁寧に足を拭く。 汚れの無くなったのを確認してから、ようやく家に入った。 時折街に降りていくだけなので、いつも靴は玄関に置かれていた。 そろりと家の扉を閉めると、朝日が段々と眩くなるのが分かり、 エルディはゆっくりと台所へ向かった。 戸棚から小麦粉と卵、牛乳を取り出し、砂糖の袋も取り出した。 今日も、野苺と砂糖で盛り付けるだけのホットケーキである。 朝はあまり食べれないエルディにとって、朝食はいつもこれだった。 すっと朝食を口に運び、もそもそとエルディは口を動かした。 自由気侭に生きている彼にとって、時間はあまり関係のないことだ。 普段あまり梳かさない金髪を手櫛で直し、一つ欠伸をする。 壁に掛けられた時計を見回し、お気に入りの本を本棚から取り出した。 ここまでが、エルディにとって毎日の基本的な流れである。 とん、と音がした気がして、エルディは視線を本から外した。 時計に目をやると、昼前の時刻になっていて、少し焦った。 先ず靴を履き、気持ちを落ち着けてから静かな森へと続く扉を開く。 「何用ですか?」 そっと開いた扉の前には、一人の少年がまっすぐこちらを見つめていた。 青い目と橙色の髪とのコントラストが目新しくて、彼は目を瞬く。 同時に、その深い色合いの中に、一人の幼い子供の姿を思い出した。 「どうぞ、入って。…朝の森はひどく冷えるんだ」 その少年は、十年前に気まぐれで助けた子供だった。 彼はどうやら自分と同じように冒険をしたらしく、目は輝いていた。 朝食の残りであるホットケーキをテーブルに置いてから、 エルディは少年の話に耳を傾け始めた。