大理石の冷たい壁に身体を預けて、 静かに足元で行われている式を見守る。 ―あと25メートル、…24メートル。 外は生憎どしゃぶりの雨が振っているが、 教会の中はそんなことを微塵たりとも 感じさせない位大音量で曲が流れていた。 鼓膜がほんの少し痛い。 こんな天井に近い場所にいても、五月蝿い。 下の人々はもっと酷いだろうなと同情する。 周辺には誰もいない。 俺と同じように教会の狙われやすい二箇所を 見張っているパンネロ達もそのはずだった。 「…あと13、…12メートル」 柱の影に寄りかかり、ベストにつけた銃が 装填されているか確かめる。 余分に十発は撃てるだけの火薬と 特殊弾を頼るだけの余裕はあった。 「あと十メートル。…降りよう…」 たん、たんと柱の接続部分から垂れさせた ロープを使って教壇近くの柱に飛び降りる。 殺気は周囲から感じない。 紳士服のバルフレアが左手に見える。 普段の彼に似合わない、真剣な顔をしていた。 ふ、とそんなバルフレアを鼻で笑い、 深呼吸をして緊張から体を解す。 少し体を前のめりにすればそこから、 白いウェディングドレスを着た女性が近づいてくるのが 見えた。 カチ、カシャン 「ッ!?」 そんな、嘘だろ!? 聞き慣れた装填音に体を硬くした。 周囲には殺気がないのに、どうして…。 まさか! 「あれは…カシオペア」 想定外な事に、教会の入り口から銃口が見えていた。 本来ならば銃はそんな遠い所からでは ターゲットに当たる前に火薬が死んでしまう。 けれど…最近研究開発されている新式なら、 不可能とされてきた距離を楽に越えることが出来た。 そして今新郎を狙っている銃は間違いなく 俺が次の獲物にしていた「カシオペア」だった。 良く考えれば、そんなこともありえないことはない。 ジュールは硬派である貴族達が恨んでいると 俺に教えてくれたのに、大きな失敗だった。 むしろ、当然といえる仕法だった。 時間がない、バルフレアに当たってしまう! 次の瞬間、俺は自分が二人を庇うようにしているのを 認識できなかった。 無意識に足が、体がそうしてしまったから。 『ヴァン、』 バルフレアの唇が静かに動く。 真っ青な顔をしたアーシェがこちらを見ていた。 鈍い音が脇腹辺りで響いて、鼓膜を酷く震わせる。 被弾したのだ、と他人の事のように思った。 ずきずきと腹部が痛み、立つことが不可能になって、 視界がぐらりと180度回転して眩暈がした。 倒れていくのか、右足の支えがなくなり、 スローモーションで世界は赤い絨毯で覆われる。 な、にやってんだろう、お、れ。 「ヴァン!?」 遠のいていく意識に舌打ちする。 どうやら、銃弾に毒が塗られていたようだ。 驚いてこちらを凝視している人影が、 妙にぼやけてうまくピントが合わない。 腹部から流れる液体が心臓に合わせて脈を打ち、 俺がまだ生きていることを証明していた。 真紅の色に塗られた高価な刺繍の絨毯が 濃い赤が染みていく。 もったいない、あんなに綺麗だったのに… 「ヴァン、しっかりしろ、ヴァン!」 「…バル、フレア…」 喋るな、出血が酷い。 …回復魔法が間に合わないわ、どうしよう… たくさんのどよめきと叫びが聞こえてきたけれど、 教壇の目の前で倒れている俺にはあまり 全体像が掴めなかった。 そっと、首の後ろと肩に手が触れた。 誰かが腹部に負担がかからないように俺を起こして、 傷口が傷まないように抱きしめてくる。 …バルフレア、あんたなのか? 優しく髪を梳かれる感覚が心地良くて目を閉じた。 大量に失われた血で、腹部から少しずつ順番に 感覚が失われていくのを感じる。 今俺が床の方を向いているのか、それとも天井か、 どうでもよくなってきた。 「死なないでくれ、俺は、」 「よく…聞こ…い」 なあバルフレア、もう俺駄目なのかな? 全然声が聞こえないから、もう一度言ってってば。 「愛してる」 今度ははっきり、聞こえた。 上手く喋れない唇で最期何かを言ったのだけれど、 自分自身でさえあまり分からないまま… 俺は意識を手放した。 ブラウザバックでお戻りください。