「ちょっといいかしら?」


随分と長い間、夢を見ていたらしい。

王都に戻って一段落していた俺を覚ましたのは、
けたたましくはないが五月蝿いノックの音。



「バルフレア、結婚式のことについてなのだけれど」
「あー…分かった」


ラバナスタ王宮に淡い光が差し込む昼頃に、
簡素且つ質素な一通の手紙が俺宛に届けられた。

白く細い指が手紙をすっと机の上に置く。

うとうとしていた俺は肩を解しながらそれを見た。



「愛しているBへ Vより」


表の黄ばんだ封筒には急いで書いた文字数個。

懐かしい声が俺の目を追って話すようにぶり返る。

たったそれだけで俺の眠気は吹き飛んだ。

見覚えのある筆跡に導かれるまま、
ペンナイフで中身を空ける。

つらつらと簡単に用件だけを書いた紙切れが二枚、
写真一枚が封筒の中に入っていた。




『賞金首のその首を掻き切ろうと幾人かが

 きらびやかな式に忍ぶ可能性がある。

 望んで死にたいのでなければ、

 急遽、結婚式日程を変えるか、

 それとも護衛をつけるかをするべきかと。

 貴方を愛してくれているアーシェ殿下の、

 そして平和を願う民の為、俺はここに記す』


一枚目はそれだけで終わっていた。

しかし続きがあるらしく、二枚目にもずらりと
活字が斜め書きで書かれている。


『事細かな事は後日パンネロから。

 しかし予定通り花嫁と共に式を挙げるべき。

 より警備などが複雑になりやすい。

 死角や狙われやすい場所、及び

 暗殺者が潜められる場所はここに記す…』


文面の下には式場として使う教会の見取り図が
赤丸や×印で彩られた物が描かれていた。

そしてその図の右下に小さく文が書かれていた。




『愛情を、守る為の短剣に託す

			Vより』


…間違いない。文面全てヴァンの筆跡だ。

ずっと細く頼りなかった文字がVの部分だけ濃く、
何かを暗示させるように視界から離れなかった。

ビュエルバで見つめたあの強い青とVが重なる。


『俺はあんたが心底嫌いだ』


暗闇がほとんど包んでいる室内に唯一差し込む
日の光で、もう一文が薄く透けた。

特殊細工を施したインクで書かれている。


「!」


思わず目を見開いてそれを眺めたものの、
静かに手紙を元通り封筒に戻す。

じっとこちらを伺っていたアーシェが言った。


「パンネロから送られてきたわ」
「用心はするべきだな。
 警備をもっと徹底できるだろうな?」
「ええ」


バッシュにでも頼んでみる、と女王が踵を返す。

私室として使わせてもらっている部屋が
再び自分一人になれば、やっとため息がつけた。


「ヴァン…」


愛情を、守る為の短剣に託す。

けれどお前は俺を諦めたんじゃないのか?

俺の独り善がりではなかったってことなのか?

だが分かるのが遅かった。もう戻れはしない。



…いや、きっと戻れないから数文字を綴ったのだ。

思いを明かしたことで結婚する決意が揺るがないように。

自分の元へは帰ってこない、と暗示させる為にわざと。



日に透かさなければ見える事のない追伸…








『本当は愛してるから、ファムラン』










その十五文字を。



















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