「結婚式、一週間後に決まったのか・・・」 「みたいね」 配達されてきた新聞を読みながらコーヒーを飲む。 昔は苦い味のこれが凄く苦手だったけれど、 平穏とした日々の刺激には丁度いい。 「次はどこに行こっかな」 「アルケイディスとかはどうっすか? 武器も大分古びてますし」 今や女王となったアーシェに買ってもらった愛機、 「スカイブルー」で行ける範囲はシュトラールより広い。 むしろ、行けない範囲の方が遥かに小さいからだ。 空賊としてはより遠く、より速いほうが有利だし。 「そうだな。アルケイディスに進路変更!」 「了解っす!」 「了解!」 随分慣れたもんだな、三年間で。 昨日俺に何があったかを聞かない所も、 遅れてきたことを怒らずにそっとしてくれる所も。 しばらくして夜食を持ってきてくれた所も全部。 いつしか俺もそうやって、過去の事は忘れるのかな・・・ 雲一つない快晴の空を見てため息をついた。 当分不可能なんじゃないか、と。 少なからず俺が彼の温もりを完全に心身から、 全て忘れ去る事ができるまでは。 *** 飲み盛りの男たちで賑わう酒場のドアを押し、 月明かりだけが照らす道を宿へと足を向ける。 やはり深夜だからか、少し肌寒い。 「おや、こんな所で会うとは珍しいこともあるもんだねぇ」 「・・・ジュール!」 彼は三年前と変わらず、旧市街の路地裏に立っていた。 情報屋故にあまり油断したくない相手だった。 やれやれ、と腰に手を当てて目前に立つ彼を睨む。 「どうやら本当だったようだねぇ、 バルフレアの旦那と別れたってのは」 「言い方からして・・・まさか」 「まあ、そうだ。結婚式のことで情報がある」 ジュールが続きを言おうとして手をひょい、と出す。 この合図が出れば、金を出すまで話さないだろう。 利用している客にとっては周知の事実だ。 どの位出せば教えてくれるか、と聞けば、 軽く何桁かは確実に超える値段を要求してくる。 ・・・万が一の為、余分に金を持ってきてよかった。 冗談抜きで本当に。 高級酒が軽く買える値段の札束をその手に乗せる。 薄っぺらいそれを用心深くポケットにしまい、 うんうんと頷いてジュールは話し出した。 「結婚式は一週間後ってのは知ってるだろう?」 「ああ」 「世の中には王女と元空賊の結婚なんて、 絶対気に食わない奴がいる。 そういう頭の固い連中が暗殺を企ててるらしい」 いくら気に食わないからって暗殺しようだなんて、 ぶっ飛んだ発想だと思わないかい? 可笑しそうに笑うジュールの問いには答えなかった。 ・・・たとえ口を開いたとしても、 何を言ったらいいのか分からないだろう。 飲酒による酔いがさっと引くのを感じる。 「・・・狙いは、バルフレアなんだな? 飛空挺が軽く買えるほどの金額の賞金首の」 「ま、そういうことになるねぇ」 おどけた調子で再度、情報屋は頷いた。 驚愕と恐れが一気に俺の背を押して、そのまま 一番速い速度で俺は走り出す。 後ろからジュールの声が聞こえてきたけれど 無視して宿まで戻った。 バルフレア、 もし本当にあんたが俺のことをまだ思ってくれるのなら、 あんたを愛してくれている女性の目の前で死なないで。 結婚式の日を命日になんてしないで。 ・・・そうすれば俺は楽になれるだなんて、 少しも思ってはいないから。 どうか、バルフレア。 ブラウザバックでお戻りください。