ぽつり、ぽつりと降り始めた雨がガラスを叩く。

酷い不快感とぼんやりとした安堵が同時に胸を通った。
ただ俺は逃げたいだけだ、過去から。あいつから。

小降りから本降りへと雨が変わり、煩い音が響いている。
渦巻き、飲み込み、絶えず動き回る海流の音が。

(まるで海の音だ)

浅い眠りから覚めた耳には、ごうごうという海鳴りの音が。
曖昧な視界で窓を見れば土砂降りの雨が降る。

みしり、とベッドが軋む。同時に隣の体温が少し動いた。
決して華奢ではない、けれど大人ではない体。
体全体が重いまま、ヴァン、と呟く。


(あの後寝かせたままだったか)

乱れた金髪は枕全体にふんわりと広がっていた。
存外端正な目つきをしているのか、意味もなく溜息を吐く。

ああ、俺らしくない、何やってんだ。

手探りでシャツを取り寄せ、それを羽織ると しとしと降り続いている雨をじっと眺めた。



いつだったか、一度だけ海の中で死ねたら、と思ったことがある。
戦場駆け巡る赤い炎をじっと見つめてそう思った。
法を名乗るジャッジになって間もない頃に、ふとそう考え付いた。

あの頃はまだ空には焦がれていなかった。ただ、緋を嫌うだけ。
正反対の青を焦がれていたのもその所為だろう。


ぐったりとした己の手を見つめながら、ああ、海で死にたい、 と小さく呟いた。

それがいつしか、空で死にたい、という願いになっただけのこと。
父親に絶望し、忌々しい過去を捨て、己の身一つだけで家を出た。

あれから六年経つ今でも過去は俺の心底にこびりついている。
飛空挺を操り、多額の賞金首となり、名前を変えても追ってくる。

もはや逃げ場はないのか、右手を見つめながらそっと思った。

昔は、過去という闇を否定することでしか自分を見出せなかった。
今ならばもっと違う方法で決着が着けられるかもしれない。

臆病者め、と何もしない自分を罵る。俺は何をしていた。

ふと布が掠れる音がして、さらりさらりと金髪が枕の上を流れる。
だが目は閉じられ、呼吸する度に肺が動いているのが分かった。


(ヴァン、)

起こさないよう口だけで呼んでみる。

どうせ世界や歴史などはくだらぬ言葉の羅列によって綴られる。
所以に、恋愛とか愛情とか、 そういったくだらないものは俺には関係ないと思っていた。

しかしその期待は裏切られている。目の前ですやすやと眠る奴によって。
唐突かつ劇的な、まるで夢物語のような出会いではなかったが。

第一印象は子供な奴だった。
なのに、どんどんとその正直さに焦がれていた。
まるで深海みたいな感情なことだ。益々俺を引きずり込んでいく。

寝惚けた頭のどこかで、ああ、これはもはや執着心だ、と思った。
いつかこの深海から抜け出せなくなってしまうんだろうか。

けれどまだ此処に居ても良いか。まだ時間はあるのだから。


そうしてまた俺は一歩、弱みに踏み出すのだ。

弱者弱者に向かい合う

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