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初めてシュトラールで大空を歩いた時、
その濃い青の自由に思わず感動した。
ああなんて自由なんだろう・・・と。
「空は自由すぎるな」
ドラクロア研究所から抜け出した俺たちは、
「疲れきった体を癒したい」
という女性陣の意見でバーフォンハイムに滞在していた。
港町を吹き抜ける潮風はどことなく髪を湿らせる。
見た目は豪快だが働き者である、
海賊達の威勢のいい声がこちらにも聞こえてきた。
まったく元気なことで。
半分面倒くさがりな俺には真似できない根性だ。
「・・・なんだ、フラン。色男にデートのお誘いか?」
「違うわ」
飛空挺ターミナルの前にある、
海を見わたせる道で煙草を吸おうとした俺は、
やってきた相棒に冗談を言った。
が、フランの目つきは厳しい。
怒ってはいなさそうだが
これ以上軽口を言うと何が起こるかわからない。
おとなしく煙草に火をつけて青空を見上げる。
普段は女性や未成年のガキが一緒に居るから吸えなかったが、
久しぶりに吸うと尚更美味しく感じた。
「貴方はそれで休んだつもりかしら」
「・・・ああ、十分すぎるくらいに休ませてもらったよ」
「嘘ね。前にも言ったけれど貴方、顔に出るのよ。“疲れた”とね」
淡々と続けられる言葉に反論できなかった。
目を合わせることなく煙草を肺まで吸い込む。
・・・確かに俺はまだ疲れを癒しきってなどいない。
かといって休む事で癒される「疲れ」ではないから、困っていた。
誰かに甘えるなんて俺の柄じゃないし、
甘えたくともその相手が受け入れてくれるかどうか・・・。
「坊やにでもその弱み、吐き出しなさい。
あの子はそこまで弱くないわ」
「・・・フランには何でもお見通しだな」
「伊達に50年も生きてないお陰ね。ほら、噂をすれば」
ピンと張り詰めていた空気を一瞬で柔和なものに変えて、
フランは何処かへスタスタと行ってしまった。
彼女が顎で示した方向にはヴァンがおり、
こちらへと向かっている。
やれやれとばかりに煙を宙に吐き出し、煙草を足で踏みにじった。
背中から軽い足音が近づき、アイツが俺に声をかける。
「何やってるんだ?」
「見りゃ分かるだろ、空を見てたんだ」
「ふーん」
興味なさげな声をあげながらヴァンは俺の隣に立つ。
濃い青の海と薄い色の青空を静かに眺める。
懐かしいと思ったら、この港町の空―――青空は、
「初めて空を飛んだ時の色だったのか・・・」
「何が?」
「この町の青空だ」
青灰色とも水色ともつかぬ色の瞳が俺を映す。
綺麗だなと思いながら俺は呟いて。
ヴァンは少し目を伏せて海にまた視線を戻した。
数分間無言が続く。
そろそろ喋ろうと思うものの、
何を話そうか分からずただ青空と海とを眺めていた。
その時に隣にいるヴァンが口を開いた。
「俺ってそんなに頼りないか?」
「は?」
今コイツは何を言った?と思う暇もなく、
眩しい笑顔を浮かべながらヴァンは俺の耳元に小さく囁く。
「たまには甘えてもいいんだ、ってことだよ」
「・・・それ、誘ってると解釈するぞ」
「本当はそのつもりだったりするんだけどなー!」
「な、おい、ヴァン!?」
ヴァンは頬を赤く染めながら呟くと、途端に走り出した。
その背中を見つめながら手は囁かれた耳に触れる。
くすぐったいようで最も愛しい声が反響する。
「・・・その代わり夜には覚えてろよ?ヴァン」
やられたなと苦笑いを口元にしく。
ただただ、幸せな敗北感が俺の心に残っていた。
空はとてつもなく広く、そして自由だ。
けどな、自由すぎるのも苦痛に感じるときがある。
そして同時にヴァン。
お前という存在に縋りつきたくなるんだ。
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シアンの目覚め
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