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真実を伝えてしまえば、きっと彼は、
自分と同様、様々な者に狙われてしまうだろう。
自分は世界全てを操ることの出来た存在だったなんて、
彼が信じる筈はないに等しいのだけれど。
そう、風に揺れる長い金髪に濃い碧眼の青年は、「神の鍵」なんてものは、
今はもう存在しないのだ。
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夢を見るたび、少しずつ過去の辛い思い出を思い出すたび、
何度も声を聞いた。
とても眩しくて思い出すことすら出来ない、
逆光の中でこちらへと振り向き、手を差し伸べ、
『絶対に助けてやるから』
知ってる、と何度も思った。
この声とこの所々薄汚れてしまった手を俺は知ってる。
だけれど…手を伸ばすことなんて出来ずに、
思い出の中、手をひっこめて彼を見送ってしまった。
事実と同じように――もう何年も前にやったことと同じように、
静かに彼と別れるのだ。
自分自身が悲しむのが分かって、両目に涙がぶわっと溢れ出たが、
それでも手を放した。
(この人と、一緒にいてはいけない―)
理由は単純明快だ。
自分の存在こそが、世界にとっての脅威であり、中心であるのだから。
隣にいるこの真っ直ぐな青年も狙われるようになってしまうかもしれないのに、
どうして隣にいられる。
そっと右手を握りしめながら、
褐色に色褪せた思い出に映る青年は静かに俯いた。
(この人を支える人間は、俺にはあまりに荷が重すぎた)
(だから、俺はこの人を守る為に、この人から離れなくちゃ、いけない)
本当にそうだったんだろうか、別れなくちゃいけなかったんだろうか、
俺は、それで良かったんだろうか?
いや、本当は違ったんだ。
回想を第三者として見つめながら、もう一度目を閉じて思い出す。
心の底から、自分が死んでも構わないくらい、愛してた。
「絶対に忘れないよ、」
野生のガルバナが群生する砂漠の一角で、
ぽつりと青空につぶやき、腕に抱えた花を抱えなおす。
何が何でも、いつだって自分を見放さなかったあの翡翠が、
セピアの情景の中で振り向いた。
びゅうびゅう吹き荒ぶ黄色い砂漠の風に乗るように、
ラバナスタから抱えてきた花を思いっきり飛ばした。
「俺は、貴方を守ってあげなくちゃいけない。
貴方を守る為に、貴方を忘れなくちゃいけない」
最近気づいたのは、思い出の中、
自分を呼んだ青年の声と、ある人物の声がよく似ていることだ。
音ではなくて、人が喋る声が持つ「仕草」がとても
―いっそ全身が震えてしまうほど似ていた。
だから何となくだけれど、そうではないかと思って、
彼の仕草を見た瞬間、凍りついてしまった。
「だから、さようなら、カイト・ベルファス」
考えるときに眉間に手をかけた彼の仕草は、まさに己がかつて選んだ主の生き写しだった。
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さようなら、初めまして
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