俺はバルフレアのことをあんまり知らない。
空賊で有名だとか、煙草が吸えるとかなら知ってる。
でも本当の「バルフレア自身」は、知らない。

「よくよく考えれば、俺は知らないんだよな」
「誰のことだ?」
「バルフレア」

大灯台なんて所に行く前にそれをバルフレアに言う。
案の定、いかにも心外という顔をされた。
俺は浴室から出てきたばかりで髪も乾いていない。
タオルで荒く髪を乾かしながらベッドに座った。

「十分知ってるじゃねぇか。俺の癖とか俺の声とか」
「そうじゃなくて、本当のバルフレアのことだって」
「・・・」

俺の言葉にバルフレアが俯く。
そんな顔してほしくない。・・・いつもより頼りないから。
答えられない質問だったかもしれなかった。

また、人を傷つけるようなことをいったのかな。
普段からバカだバカだと言われているのに。

「どうしても知りてぇか」
「・・・あの時、俺の知らないバルフレアがいたんだ。
 だから俺は愛されてないんじゃないかって」
「ばーか」

む。と唇を尖らせる。そりゃバカだけどさ。
なんて考え込んでいたら顎をくい、と引かれる。
翡翠の瞳と目線が重なって思わず赤面した。
隠そうとしても、置かれた指に強く引き止められる。

いつもバルフレアがつけている香水の匂いが濃い。

「お前の事が全部好きだ、だからもう少し・・・ もう少しだけ俺に時間をくれ」
「今じゃ・・・駄目なのか?」
「言ったら最後、後悔するとしてもか?」

そんなことないと言おうとした。
言葉が口から出るより前に口付けられる。
いつものバルフレアじゃしない、性急なキス。
乱れた呼吸を整えるために深呼吸しながら言う。

「俺は後悔なんかしない。
 俺、バルフレアの真実を知りたいんだ」
「保証もないのにか?
 俺がお前を殺す事だってあるんだぞ」

怖いくらいに感情のない目がみつめてくる。
これが空賊としての顔なんだろうな。・・・怖い。
人を射殺すような殺意が篭もれば、俺は逃げれない。

でもバルフレアならば・・・そう思う自分がいる。
気後れしそうになりつつも相手を睨み返した。

「バルフレアは俺を殺したいのか?」


バルフレアが降参とばかり目を瞑ってため息をついた。
瞬時に飄々とした表情に戻っていてホッとする。

気迫されていた体が解かれて自由になった感じだ。

「ったく、人を丸めるのが上手くなったな、ヴァン。
 ・・・あいにく、俺はそうする気がねぇよ」
「なら教えてくれよ。本当の名前くらい」
「どうだか」

いつものように上手く答えをはぐらかされた。
落胆を感じてベッドに潜ろうとしたら、腰に手が回ってきて驚く。
はっとして逃げようとするも、力強く抱かれた。

あんたそれでもヤろうとするのかよ!ため息が出る。

「そうだな・・・今夜じっくり付き合ってくれりゃ、名前くらいは教えてやってもいいな」
「・・・変態」
「その変態を愛してるんだろが、お前は」

独特なアルトが耳に近く囁かれて鼓膜が震えた。
ぞくり、と体の奥の熱が疼いて思わず肩をすくめる。

俺の腕を緩くしなやかなバルフレアの腕が解いた。
押し付けるように唇が重なっては啄ばんだ。

ファムランだ、と彼の唇が微かな音量で呟く。
快楽の波にゆらゆらと揺れる意識で復唱した。

「ファム、ラン・・・」
「あぁ、そうだ」
「ファムラン」

ただただ名前を何度も呼んだ。
ファムランがそこにいるのだと、確認するみたいに。
呼ぶ度に欲を含んだ緑が喜びに揺らめいた。

その瞳をまた見たくて、ファムランと呼んだ。

「俺にとっては忌々しい」
「バル・・・ファムラン」
「けど、お前の声なら好きになれる。
 ・・・そんな気がした」
「俺も、ファムランって名前好きだな」

名前だけか?と意地悪な唇がにっと吊り上る。
もちろん違うという代わりに目を閉じた。
そうすると直ぐに唇に熱が降りかかった。


影踏みみたいなひと

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