すっくと立ち上がった彼に何が見えただろうか。
追憶の中に埋もれた記憶を引っ張り出す。

あの時愛用していた最強の剣をその相棒に、 彼は目の前の敵に踊りかかるそして斬った。

やったと思ったのも束の間だったというのに、 男はぼんやりと目の前に迫る剣に追いつかない。
どこか遠くのシーンのように、体が痛んだ。

ああ死ぬのだと思えば視界は暗転していく。

せめて愛してるだなんて伝えられたら良かっただろうに。
無色で無音の世界を、初めて怖いと思った。

無感情であったはずの心が、
愛する者を遺すというのが、怖くなった。



目蓋の裏で誰かが呼ぶ。
ファムラン、と曖昧に。

ゆらゆらと光が差し込んで赤い目蓋が重いと感じた。
真実味を帯び始めるのは襲い掛かる腹部の激痛だった。

ぐっ、と顔をしかめる彼に柔らい手が触れる。
ケアル…と静かに詠唱したヴァンの唇が見えた。
幕引きされたバルフレアの視界は彼だけが映り、動く。

きらきらと光り輝く金髪はまるで黄金の財宝のように輝いた。
幾千万と知れぬ鉱物を散りばめたらそうなるだろうか。
男は寝ぼけているようにぼうとした頭でそう思った。

傷がある腹部に刺激しないように上半身を起こす。

すかさずヴァンの腕が男の頭部を胸に引き寄せて、 両者共に理由もなく泣き声をあげずに涙を流した。
お互いがお互いを気遣うのではなくて、 自然ともらい泣きでぼろぼろぼろぼろ泣いている。
そう、間違いなくこの時、バルフレアは、この男は、 感情的になるのは嫌だったはずだのに、泣いていた。

そっと右手をヴァンの輪郭に触れさせれば 最愛なる恋人は唇に目に眉間に口付ける。
本来温い唇はとても冷え切って震えていた。
ああ。と男の心は今までの孤独を埋め尽くすように震え。
感情のまま、きれいだ、ヴァン、と場違いな言葉を口にしてしまう。

ばかやろう。なんで避けなかったんだ、どうして。
あんたの、バルフレアの所為で凄く怖くなったんだぞ。

ひっく、ひっくと声を漏らすたびに震える平らな胸。
ヴァンは首を引いて涙を拭わずにこちらを見ている。
不自由に呼吸をする赤子のように、ただ震えていた。

俺、俺は。

青い紺碧の瞳からぼろぼろと大きな雫が落ちていく。
世界中たった一つしかない命の尊さに、 たった一人しか居ない男のためにヴァンは泣いている。

俺はあんたが死ぬのはいやだ。愛してるから、いやだ。

嗚咽で途切れ途切れに囁く言葉はひどく胸に浸透していく。
泣く度に上下して痙攣しているように動くヴァンの平らな胸に 身体を預けながら男はしばらくその涙を頬に受けていた。

なぜだか少し胸元に風穴が開いたように、つんと目が熱い。

泣き出したくなる衝動を必死で抑えつつも男はそのまま 自分を抱きしめているそのひとを、改めて、愛しいと思った。
ああこれ程まで愛されているなどとは思いもしなかったと、 幸せな敗北感を噛み締めながら。


愛しくて、悲しくて、

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