人間は必ず、良くも悪くも成長していくものだ。それは、俺にも言えることで。 何も知らないでただ目前の敵を憎んでいた頃から、俺はかなり成長したと思う。 成長したのに、ずっと無知な俺のフリをし続けたのは、あの男のためだった。

どこかであいつは俺のそんな姿を望んでいるような気がしていた。 俺が聡くなって何でもかんでも自分で出来るようになると、自分が用済みになるんじゃないか。
…どうせそんなことを考えて、だから。
普段はものすごく積極的な性格のくせに、あいつはこういう時に限って臆病になってしまう。 (「そういうのを巷じゃヘタレっていうんだぜ」と言った時のしかめっ面といったら!今でも時々思い出して吹き出しそうになることがある)

伸ばそうとする手を引っ込めるバルフレアに、「どうしたんだ」と言ったことはない。
臆病になったって良いじゃないか。同性相手なんだから誰だって躊躇うだろうし。
というかむしろ、俺はそのギャップが割と気に入っていた。だってなんだか可愛いじゃないか。 巷で最速の空族と呼ばれる男が、恋人の前では臆病になるなんて。

だから、突然抱きしめられたことに、俺は心底驚いた。
普段ならこんなことする前に躊躇ったり俺に一声かけたりするはずなのに、今日は何もなかった。 買い物に行ってくる、と言って出て行った後、何か嫌なことでもあったのかもしれない。

「バルフレア、どうしんたんだよ、いきなり」

いきなりじゃびっくりするだろ。腕の力は思った以上に強かったけれど、痛くはなかった。 雰囲気や呼吸の様子は至って健康的で、外傷もどこにも見当たらない。
困ったな。いきなり抱き締められた所為で、体が変な体勢になって苦しくなってきた。

「なあ、バルフレア、」

一向に返事をしない横顔に目を向けて、もう一度「バルフレア、」と呼んだ。

(無題)

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