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「王」という地位は本来、大衆が願ってやまない雲上の地位だ。
素質やその血統、正式な証があってこその「王」は、多大な責任を追い、自らの国家の為に剣を振るまう。
そんな素晴らしく栄誉に満ち溢れた地位に折角選ばれたというのに、あの人はそれを断った。
「仕方ないことだったのかもな」
「……なにが」
「だって、嫌いだろ?王様って物自体さ」
「当たり前だろうが。ああいうのは面倒くさいしかったるい」
あの人は束縛されたり、色々文句を言われたり、責任を押し付けられるのを嫌っている。
だから今回のこともふいにしてしまうだろう、と俺は大体検討をつけていた。
それに、精霊王になった記憶がかすかに残っているのだから、どれだけ大変なのかも、しっかり知っていたはずだ。
「まあ、でも、その方があんたらしいよ」
「何も知らないで断言するな」
「いや、知ってる。その時は…俺じゃなかったけど、俺は知ってる」
魔境に引きずり込まれそうになって慌てた表情、
運命の剣を抜剣した際に呟いた言葉、
最後に誘いを断って別々に歩いたあの道、…
全部を全部、思い出した訳じゃない。
空白のまま、ぽっかり穴が開いて俺の知らない過去もある。
でも、俺は知ってる。
「王様になったアンタの顔は見てやりたいけど」
「安心しろ、もう王様だ」
「剣の主なだけだろ、今はまだ!」
青空を背後に、のんびりとした様子で剣を引き出すと、隣の男は真剣な顔で俺の手を見つめた。
俺の右手には、あの時掠ってしまった鉄の破片で出来た古傷がざっくりと爪痕を残している。
指には一つだけ歪な指輪を嵌めていた。
「いいや、あの国の王になってやった」
「もうあそこは滅亡寸前なのにか?」
「他人にはそう見えるだろうがな。俺たちには、違って見える場所だ」
今回の授章式自体、その国で行う筈だったのを、ようやく思い出した。
もう今は人を寄せ付けなくなっているからこそ、こちらの世界で行い、あちらの世界は未だ封鎖している。
それをすっかり忘れてたもんだから、俺もそろそろ年なのかもしれない。
「あいつに怒られるぞー」
「居もしない奴に怒られる俺じゃねえよ」
「今も昔も素直じゃないなあ、あんたって人は!」
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たった二人の国
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