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ヴァンは文明の利器であるエアコンをつけっ放しで眠る、
目の前の男を睨んでいた。
室内は設定温度の丁度いい冷気が保たれ、
日よけの為にひかれた障子の前のカーテンが揺れている。
しかしそれはたった今高校から帰ってきたヴァンにとっては、
鷹のように目を鋭くさせる要因に過ぎない。
最高気温は38℃を超え、
灼熱時刻のアスファルトの上を一心不乱に帰って来たというのに。
この男は。
ぴく、と怒りに震える眉が今現在のヴァンの心境を代弁していた。
「ばーるーふーれーあー」
しかしバルフレアは機嫌の良さそうな唸り声をあげただけである。
このクソ親父、と言いながらヴァンは
冷蔵庫から鳥龍茶のパックをがぶ飲みした。
通常、こんなことをすれば文句の一つ二つ飛び出してくるはずだが。
満足気に口元を拭いながらヴァンは冷蔵庫を八つ当たりとして
ばっちーんと乱暴に閉めた。
その時、畳の上に座布団を丸め、その上に頭を預けて寝入っていた
筈のバルフレアが皮肉たっぷりに口を開いた。
「んな風に閉めるなっつったよな?」
エコキュートに暮らしませんか
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ほんのちょっと眠気が差してきたようにヴァンは目を擦る。
欠伸が出そうになるのを必死で押し留め、無表情に戻った。
兄の治療費と生活費を稼ぐためとはいったものの・・・
ヴァンにやる気がほぼ無いのは間違いなく事実で。
「眠ぃ・・・」
大手IT企業のパーティにアシスタントとして働く。
たったそれだけなのだが、給料は悪くは無い。
実際に来てみれば予想外の注文の少なさに安堵した。
あと10分でヴァンのパートは終わろうとしている。
「早く終わんないかなー・・・」
誰に言うともなく呟いてヴァンは一つ小さく欠伸をした。
ふと20代前半であろう男がこちらへと歩いてくる。
どうやら注文をとりたいらしい。
内心でため息をつきながら男に向き直った。
「注文を頼めるか?」
「・・・どうぞ」
「じゃあ赤ワインを少し頼む」
ヴァンがすっと会釈をして厨房へと姿を消す。
来るまで待つことにしたのか、男はその場で厨房を見ていた。
「お待たせしました、1965年の赤ワイン、です」
「おう、ご苦労さん」
「では」
失礼の無い様にあくまでゆっくりと、ヴァンは関係者室に入った。
ワインを取りに行く途中で丁度パートが終わったのだ。
ん?と男がヴァンが走り去った床に光るものを見つける。
拾えば、純銀にサファイアをはめ込んだペンダントだった。
その時のヴァンは交代時間となって一安心していたあまり、
ペンダントを会場に落としたことに気づかなかったのだった。
「・・・仕方がねぇな」
***
少し肌寒さを感じてヴァンはマフラーに鼻を擦りつける。
息を吐き出し、そこで初めて暗がりにいる男に気がつく。
男―バルフレアは持ち主に届けるために裏口に来ていた。
「あんた・・・じゃない、貴方は」
「ほらよ。忘れもんだ坊主」
「坊主じゃない、ヴァンだ!」
むっとしながらも渡されたペンダントに目を落とす。
紺碧の輝きにヴァンははっとして、首元を押さえた。
マフラーが少しめくれて滑らかな肌が顕になる。
「ありがとう・・・ええっと」
「バルフレアだ」
「ペンダントありがとう、バルフレア」
それじゃ、と言ってヴァンは足早にその場を走り去る。
真夜中の闇を新春の風が再び吹きつけた。
バルフレアが微笑を浮かべ、ホテルへと戻っていった。
ダンス・ウィフ・ミー
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潮風は少し苦手なんだ。
活気溢れる港を見つめながらヴァンがぼそりと言った。
つんとしみて、それに、泣きそうになる。
やたらべとつく髪が、何だか鬱陶しくて、だから。
そうか、
建物の影に立ちながら俺は言った。
晴天下、独り港を眺めるヴァンはうん、と頷く。
さわさわと金髪を潮風が揺らし、まるで小麦畑のようだった。
海路をまた、船が行く。海に白波が立ち、静かになる。
きっと一生見れなかっただろう景色を記憶するように、
ヴァンは異なる二つの蒼を眺め続けた。
俺は、その青を見つめる、あの瞳に映れるだろうか。
ゆっくり息を吸い込みながらそっと溜息を漏らす。
今純粋な瞳に見つめられたらどうにかなりそうだ。
青すぎる空と深すぎる海みたいな目が俺を向いた。
どうせお前と俺のタイムリミットはもうじき訪れる。
二丁銃かつ二刀流、船の操縦もまるでステップのよう、
それが銀と金の混ざった髪を持つ空賊への賞賛だという。
タン、タタン、タン、
財宝へ向かう途中でヴァンを幾度か見かけた。
まるで恋人とダンスを踊るようなダガーの振り方だった。
飛空挺を運転してもアイツは飛空挺で踊っている。
巷では『銀月の君』だとかいう洒落た呼び名で慕われていた。
ほっそりとした体躯に似合わず、豪快な腕力だというのに。
そう考えたら自然と笑みが口元に浮かぶ。
タ、タタタ、タララ、タタ
今時珍しい二丁拳銃を腰に、ダガー二本をその手に持ち、
シュトラールにも負けぬ飛空挺を操る彼は微笑む。
昔の彼からは想像できないが、とても落ち着いた笑みだ。
不慣れだった酒も俺に付き合える程度には飲めるようになった。
「勝負も人生も、楽しまなきゃ駄目だろ?」
「…教育方針間違えたな」
「そういうバルフレアも同じ」
甘いカクテルをく、と飲み干しながらヴァンは笑った。
人間っていうのは三年経つと随分変わるもんだ。
三年前と三年後の二人
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