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朦朧とした意識の中で、どことなく懐かしさを感じた。
暖かい人の手の温もりが厚い毛布越しにでも分かる。
いったいいつの頃だったか。自分がまだ幼い頃だ。
そして地上に家がまだあった頃のことだと分かった。
「じゃあな、ヴァン」
少し低い青年の声が聞こえ、兄が礼を言っている。
その手にはスープの入ったマグカップがあった。
両親の姿は無い。だからそこまで昔じゃない。
青年の茶髪が、日の光で煌めき、金みたいに光る。
エメラルドを映す瞳は優しさと勇気に満ちていた。
ドアを閉じつつ消える彼に幼いながらも思った、
「いかないで、ここにいてよ」
けれども彼は白い外へとゆっくりと消えていった。
暗闇のグラデーションが静かに上がった。
今しがた見た夢を思い返しながら、ヴァンは身を起こす。
そこは暖かく質素な家の中ではなく、
冷たい夜風がふく砂漠と月の広大な舞台だった。
「いつからだろう、俺が空賊になりたいって、
言い出したの・・・」
青い夜空にぽつぽつと星々が瞬く。
起きた拍子に毛布がずれて肌がむき出しになった。
ひゅう、とふいた風の冷たさに肩をすくめる。
あの暖かいスープと毛布の感覚はもう残っていない。
無論焚き木はあるが、それに勝る事はなかった。
「・・・眠れねぇのか?」
「っ!?」
突然静寂を破った声に派手にびくりと肩を震わし、
後ろにいるであろうバルフレアを振り返った。
ん?という彼もまた、肘を立ててこちらを見ている。
どうやら眠れないのはヴァンだけではないらしい。
「夢見てたら起きちゃっただけだよ」
「ほー・・・どんな夢だ?」
「空賊になりたいと思った日の夢」
その答えにバルフレアは静かになった。
先の戦争で兄を失い、地上にあった家を失い、
ダウンタウンへと堕落したヴァン。
それでも希望を繋げたのは、
「空賊にいつか絶対になりたい」という夢があったから。
その日のことなんて聞かずとも覚えているはずだ。
「どんな人だったか忘れたんだけど・・・
俺を助けてくれて、家まで届けてくれたんだ。
でさ、俺まだその人がくれた指輪大事にしてるんだ」
「・・・・・・」
そう言いながらヴァンは指輪を取り出した。
翡翠の宝石が埋め込まれたシルバーの指輪は
パチパチ、と音を立てる焚き火の炎に照らされ、
橙の光を柔らかく反射している。
同じ橙の火がバルフレアの瞳の中で揺らめいていた。
それは確かまだ空賊として駆け出しの頃、
ラバナスタへ買出しに向かった時に起こった。
道端に若干12、3歳の子供が倒れている。
金髪かと間違うほど金に近い銀髪は泥で汚れ、
着ている服もさして良い物とは言えなかった。
義賊として仕方が無く少年を家に送り届けようと
抱き上げた体は随分と軽い。
ふんわりと太陽の匂いが少年からしていた。
「ヴァン!」
「道端で倒れてたんだ。栄養失調だろうな」
少年を心配そうに兄と思われる青年が見つめ、
ベッドに彼を横たわせた。
調度品など無く、必死で生きているような家。
青年が作っているスープも簡素なものだ。
「よくこんな状態で生きていけるな」
「まだ俺達は生きているからマシですよ。
ヴァンは・・・本当にギリギリですが」
ヴァン、と呼ばれた少年を横目に見る。
睡眠を貪るように目を閉じて呼吸していた。
命に別状はないだろう。
「薬代はこれで払え。
何かの足しには、なるはずだ」
「そんな、勿体無い・・・」
押し付けるように金を渡すと、バルフレアは扉を開けた。
その背中に行かないでと声がかかった。
つけていた指輪はその時確か・・・
「そうか、あの時渡したんだったな」
「へ?」
懐かしさに目を細めてバルフレアが呟く。
ヴァンは指輪を手に持ったまま首をかしげた。
彼は苦笑を浮かべながら指輪を手に取り、
すっとヴァンの左手の薬指につける。
ヴァンが驚いてバルフレアを振り返った。
「俺をお前に縛り付けさせてくれ、ヴァン」
ぱちくりと目を瞬き、何かを言おうとして、
ヴァンの口は荒い接吻で塞がれた。
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デジャヴの指輪
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