「ファーラム、」
雨粒が顔を流れ落ちるのを感じながら、男はそれを聞いた。
近くの集落で葬儀を行っているらしく、小さく掠れたように聞こえる。
ザー、と砂嵐のような音だけが男の周りには流れていない。
顔をあげ、振り続ける雨粒から垣間見える濃灰色の空を仰ぎ見た。
男の泥に塗れた足元に蹲る、
先程は生きていた異形の死骸からは血が流れ始めている。
生い茂る新緑に泥と青黒い血が混じりあい、奇妙に絡み合った。
ちらり、と男は黄色い毛皮のそれを見る。
お前も私も、哀れだな。
声には出さずに唇だけでそっと囁く。
握った剣の柄は酷くべとつき、
水を吸った服は肌に密着して不快感を煽った。
男は顔に張りついた髪を手で分ける。
「ファーラム、」
嘆き悲しむ祈りが雨音に混じって再び聞こえてくる。
まるでこの戦いを嘆き、忠告する女神が遠ざかる如く、
祈りの声は小さくなっていた。
雨の音がやたらと大きく聞こえて男は顔を地面に向ける。
その合間も雨は男の頬を、首を、腕を流れ落ちていった。
雨音は誰かが撫でている時の安らぎに似ている。
休んでいい、無理はしなくていい。
ふと腕に誰かが触れた錯覚を覚えて、男は腕を掴んだ。
雨垂れがつ、と腕を流れる。
「バッシュ」
大分経った頃、心地よい声が男を呼び覚ました。
振り向けば、銀髪をしっとりと濡らしながら少年が立っている。
雨はいつの間にか弱まり、
朽ちた遺跡の背後に茜色の空が広がっていた。
ぶるぶると少年が髪を振り乱す度に、
橙色の光にちらりと乱反射する銀が鮮やかに弧を描いて
男の目を一瞬だけ眩ませる。
「そろそろ行くぞ」
「分かった、」
びしょ濡れだ。
男が柄に剣を収めながら歩き出す。
バシャバシャ水音を立てながら先を進む少年に風邪をひく、
と言いながら。
もうじき夕飯時だ、と楽しげに少年が言った。
笑う男と少年に茜色が滲む。
置き去りにされたように佇む太古の遺跡にもぎらりと
鈍く反射している。
もう祈りの声は遠く霞み、夢の残り香に近くなり、
やがて二人には聞こえないほど遠ざかった。
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夕焼けに輝く白銀
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