「ヴァン!」

目の前で真紅の血を流して倒れた少年に、さっと体中の血液が凍ったように思えた。

強敵との最中、余所見をしていたのだろう。

「大丈夫かい、ヴァン?」
「っう・・・」

辺りにいた敵を殲滅させ、優しく抱き上げた。
腹部を斬りつけられてはいるが致命傷ではない。
しかしバッシュは回復魔法は得意な方ではなく、 仲間がいるバーフォンハイムまで戻ることにした。

旅資金がなくなってしまい、 アイテム収集のために二人だけでセロビ大地に 来ていたのが仇となってしまった結果だった。
ヴァンを背負い、途中見つけた岩陰に走りこむ。

出血多量によって顔色は悪いものの、 なんとか意識を繋いでいるヴァンの傷口を見る。
よく見れば傷は腹部だけでなく、 腕や肩にも大小様々なものがあった。

「ば・・・・・しゅ」
「待ちなさい、応急処置をするから」

腕の傷口に唇を当てながら詠唱する。
古典的ではあるが、 もっとも効果を得られる方法だった。
唇を動かすたびに動く髭がくすぐったいのか、 ヴァンは肩をすくめる。

「あー・・・くすぐったかった」

詠唱が終わってヴァンが安堵したように言う。
大分小さくなった腹部の傷に薬を塗りつける。

傷口にポーションを塗りつける、 バッシュの少し硬い手にヴァンが手を重ねた。
何事かと戸惑うバッシュにヴァンは笑う。

「この手にさ、いつも助けられてるなぁ、って思ったんだ」
「私も君によく助けられているよ」
「知ってるって」

照れたようにヴァンがはにかんだ。
疲労によってか安心感によってか、 いつもよりも幼く見える儚げな笑顔が浮かぶ。

「君を失うかと思った。・・・死んでしまうのかと」
「俺がよそ見しててごめん。
 咄嗟で防御し切れなくて、本気で怖かった」

すっとヴァンがバッシュの手を頬元に摺り寄せる。
適度な弾力のある頬の感触にバッシュは 狂おしい愛しさを感じた。
そしてそのまま顎に手をかけて上を向かせ、 羽が触れるように優しく口付けた。

怪我は大丈夫かい?平気だよ、歩けるから。




ふらふらと立ち上がったヴァンを支えて、 何とかバーフォンハイムに辿り着く。
案の定待機していたパンネロ達に心配された。


「案外手が早いじゃねぇか、元将軍さんよ」
「・・・」

事情の分かっているような顔をした バルフレアがバッシュの耳元に囁く。
殺気立った声音からして彼が自分に 嫉妬していることがあからさまに分かった。

「ヴァン!ちょっといいか?」
「ああ」

そして何でもないようにヴァンの元へと たった今の殺気が嘘の様に上機嫌で向かっていった。

「・・・とんでもない伏兵がいたものだ」

二人の様子を遠目に見ながら言った。
まだ温もりが残る、 ヴァンが触れた左手にそっと口付ける。
節くれた自分の手を愛しく撫でた少年の、 太陽の残り香が鼻を掠めた。


神様どうか願いを

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