重低音で呻く獣の声が粗方止んだ頃、剣を大地へと突き刺した。
並大抵の剣は普通そうすると刃毀れを起こすのだが、生憎この剣は何度斬り伏せても切れ味の変わらない合金だった。
いつの間にか刃についていた返り血がゆっくりと滝のように地面へと落ちていくのを見て、
ようやく呼吸が(正確には呼吸する感覚が)体へと戻ってくる。

「…所詮は雑魚だった自分を恨め」

血だらけになって勝つ戦いの後は、いつも燦々たる虚無感ばかりが残った。
銃から大剣へと武器を持ち替えた当初は、 慣れない重みと思いの外重労働である行動にびりびりと指先が痺れる感覚があった。
痺れがなくなってもう久しい。

そうして呼吸を整えている間、ふとした拍子に過去を思い出すことがある。
本当にくだらないことばかりを思い出す。


以前も、こうして銃以外を手に取った戦いがあった。
その時もやはり隣にはヴァンがいて、今とは違って大勢の人間が自分の傍に立っていた。
片手用の軽い剣は元々扱っていたのだが、その戦いの中で初めて大剣を使った。

腕が痺れるような感覚と共に、全身の力を使って剣を振り下ろす。
この単純な動作が、重い大剣だと予想外に疲れた。
(体力だけは無駄にあるのか、ヴァンは物ともせずに軽やかに振って見せたが。)

もうこんな重いのはごめんだ、とよく言った自分が今、 常人が扱うものよりも遥かに重い特注品を使っているのはなんとも可笑しくてたまらない。


そんなことを考え、地面から引き抜いた大剣をさっと布で拭いた時、 不思議そうな顔をしたヴァンが隣に立った。

「笑ってるよな、あんた」
「…くだらないことを思い出したのさ」

笑みを浮かべてはいなかったが、表情には出さなくてもヴァンには分かるらしい。
俺は目に出易いのだと、ヴァンは薄い笑みを浮かべて言ったことがある。
昔誰かに同じことを言われたのを聞いていたのか、それを聞いて俺は何も言えなかった。

「過去は過去だろ」
「そうだな」
「別に俺はあんたが何を思い出そうが構わない。
 でも今は何時なのか思い出してくれよ」

俺とヴァンは曇天の所為か肌寒い場所にいる。
お互い薄着でここへ到着して数時間経っているのを思い出し、手先を撫でる冷たさをようやく実感した。
こんなに寒いなら、どうりで動き難いはずだ。

「お前…もしかして寒かったのか」
「まあ、少し。昔は平気だったのにな?」

何時なのか思い出せと言ったのはお前だろ、と口答えすると、ヴァンはその報復に苦笑した。


#4 昔に囚われるなとは誰の言葉だったか

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